原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

048 高耐久のイオンビームモニター

掲載日:2023年10月24日

J-PARCセンター加速器 第1セクション
一般職 北村 遼

専門分野は加速器科学・素粒子実験。東京大学大学院理学系研究科博士課程、原子力機構博士研究員を経て2020年より現職。茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCにて線形加速器「リニアック」などに関連する研究開発および大強度ビームを利用した素粒子研究に取り組む。

多彩な分析 1台で賄う

成り立ち調査

量子ビームとは、電子や中性子、光子などの量子の向きをそろえて細く絞ったものをいう。その強度を大きく高めたビームを物質に当てると、その物質の成り立ちや機能を調べることが可能だ。既成の学問に新風を巻き起こすことが期待されている分野でもある。

そのようなビームの一つである大強度陽子ビームには、ビームの状態を把握するための測定装置(ビームモニター)が必須だ。これはビームの高性能化を図るカギともなる。このため日本原子力研究開発機構では、耐久性に優れ、多くの機能を持つイオンビームモニターの開発に取り組んでいる。

熱負荷が課題

茨城県東海村にあるJ-PARCの加速器群で、最も上流に位置する加速器が「リニアック」。これはビームのスタート地点であるため、加速器調整の起点ともなる。そのビームを測定するプローブ(測定部)には当然、大きな熱負荷がかかる。そのため、大強度運転時には熱負荷によるビームモニターの故障が相次ぎ、出力増強の足かせとなっていた。

この課題を解決するために、従来のプローブ材料であるタングステン線材に代わり、熱耐性が高く、低密度ゆえに熱負荷が小さいカーボンナノチューブ(CNT) 線材を導入し、良好な結果を得た。

なお、さらなるビーム情報の抽出には、プローブから二次電子を取り出すような分析が必要となる。しかしCNT線材は、二次電子を取り出すための電圧を十分にかけられない難点があった。このため私たちは、高い熱伝導性をもつ高配向性グラファイト(HOPG)材に着目した。

真逆の発想

低密度によって熱負荷をプローブに蓄積させないCNT線材とは真逆の発想で、これは熱を受けても急速に逃すことができる。これにより二次電子計測を可能にした。

このプローブ改良により、新型モニターでは従来に比べて高いビーム電流や低エネルギーの領域においても故障のない、安定したビーム測定を可能にした。またビーム由来の二次電子の情報を活用し、ビームの時空間分布や電流情報など、多彩な分析を1台で賄うことも可能にした。

このモニターの持つ高い熱負荷耐性は機器の長寿命化、コストダウンにつながる。また、民生用小型加速器における利用運転の安定化、利活用性の促進、大出力化により、加速器の社会実装に新たな地平を切り開くことが期待される。