原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

047 省エネ・省スペースの超高真空技術

掲載日:2023年10月17日

J-PARCセンター 加速器ディビジョン 加速器第三セクション
セクションリーダー 神谷 潤一郎

2003年の入所から大強度陽子加速器施設(J-PARC)の建設、運用に携わっている。加速器真空システムの運転維持とともに、最先端の産業に役立つ新しい真空技術の開発にもチャレンジしている。気体分子の気持ちになって真空中に身を置けば、新しい真空技術の道が開けると信じている。

容器が電源不要のポンプ

容器壁にチタン

最先端の半導体生産現場では超高真空の状態が求められる。そのためには大型の真空ポンプが必要だが、日本原子力研究開発機構では真空容器の壁にチタンを使用し気体を吸着させ、容器内を真空にする画期的な方法を開発した。

真空とは大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間をいう。このなかで超高真空と呼ばれる領域は圧力が10のマイナス6乗パスカル未満の状態で、宇宙空間の手前のレベルに匹敵する。

半導体製造機器や電子顕微鏡などの最先端産業装置の高度化を目指す分野では今、この超高真空に注目が集まっている。これらの装置は大気による材料の表面の酸化や汚染を防ぐ必要があるからだ。ただし、この環境を作るには大型の真空ポンプが必要で、装置の大型化、消費電力の増加が課題となる。

ゲッター作用

このため原子力機構の大強度陽子加速器施設J-PARCでは、ポンプで容器の中の気体を抜くのではなく、容器の壁にチタンを使用し気体を吸着させ、内部を真空にする装置を開発した。

チタンには気体を吸着するゲッター作用がある。通常のチタン表面は酸化膜に覆われているためゲッター作用はないが、スパッタリングと呼ばれる手法でチタン表面の酸化膜を除去して露出させ、容器自体にゲッター作用を持たせることに成功した。

しかし、このまま大気にさらすと再び表面に酸化膜が形成され、ゲッター作用が失われる。そこで酸化膜除去の後に非蒸発型ゲッターという合金をチタン表面にコーティングすることで、大気中でもゲッター作用を維持できる表面改質技術を開発した。

高真空1年維持

試作装置ではそのような表面改質したチタン製真空容器をポンプで真空にしてゲッター作用を持たせ、ポンプと切り離して孤立状態としたところ、10の -7-10の -6パスカルの真空状態を1年以上維持することができた。これは真空容器自体が電源不要のゲッターポンプとして機能していることを証明しており、省エネ・省スペースの超高真空技術であるといえる。

この技術を用いれば、半導体素子などの表面汚染にデリケートな試料を、真空中でスマートに運搬できる。バッテリーの運搬規制がある空輸も可能である。今後はコーティング内部での拡散メカニズムの解明やゲッター作用の長寿命化といった社会実装に重要な高度化を行い、早期の製品化を目指す。