原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

045 α線放出核種の分析装置

掲載日:2023年9月26日

原子力基礎工学研究センター 核工学・炉工学ディビジョン
研究主幹 瀬川 麻里子

大学で物理学を専攻した後、原子力機構に入所。α線、ガンマ線、中性子線の測定と可視化分析技術の開発に従事し、日々情熱を持って研究に取り組んでいる。放射線データを可視化し、がん治療などの医療や工業に技術展開することにより、社会に貢献できることを心から願っている。

医療現場へ早期復旧目指す

期待の治療法

α線内用療法は、「全身に転移した悪性腫瘍(がん)や、褐色細胞腫などの希少ながん」の治療法として高い期待が寄せられている。放射線の一種であるα線は、体内では細胞数個程度の距離しか進まないため、がん細胞だけをピンポイントで死滅させ、周辺にある正常な他臓器は傷つけないという特徴がある。

α線内用療法に利用される元素として、アスタチン(元素記号At)、ラジウム、アクチニウムなどがあるが、このうち、Atは非常に希少で、地球上にごく微量しか存在しない。そのため、α線を放出する質量数211のAt-211は、加速器施設において人工的に合成され、薬剤化の後、人体に投与される。

At-211を薬剤として利用するには、その生成量(放射能)と安定性(化学形)を正確に調べる必要がある。ところが、At-211はわずか7時間で半減するため、迅速な分析技術が必要であった。

短時間で評価

そこで、日本原子力研究開発機構はα線を短時間で分析する技術を開発し、生成量と安定性を短時間かつ同時に評価可能とした。この技術では、化学形による移動速度の違いを利用した分析法である薄層クロマトグラフィ(TLC)を用いてAt-211を化学形ごとに分離した後、TLC上でAt-211が放出するα線をシンチレータにより可視光に変換する。

さらに、高増幅・高速度の電荷結合素子(CCD)/相補型金属酸化膜半導体(CMOS)カメラを使って可視光を捉え、即時に可視化分析する事により、At-211の生成量と安定性を、従来法の40分の1以上の短時間で評価する。このスピーディーな分析により、貴重なAt-211の損失を抑えるとともに、分析担当者の被ばくを抑えることもできる。

簡便で高性能

原子力機構は、開発した分析技術の特許を2022年に取得し、現在は外部企業と特許の利用に関する契約を締結するなど、特許技術を基盤にした分析システムの社会実装に取り組んでいる。

効率的な分析を実現するため、3次元(3D)プリンターを活用した装置筐体(暗箱)や試料固定治具などの試作を繰り返し、省スペースかつ操作が簡便で高性能な分析システム完成の見通しが立った(図)。今後は、α線内用療法の研究および医療現場への、いち早い普及を目指している。