原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

043 1F格納容器の腐食抑制剤

掲載日:2023年9月12日

原子力基礎工学研究センター 防食材料技術開発グループ
研究員 大谷 恭平

専門分野は腐食・防食工学。大学時代は溶液中の金属イオンによる金属材料の腐食を研究し、現在でもライフワークとしている。原子力機構に入社後は1Fの廃炉の腐食・防食研究に従事し、現在は1Fに最適な腐食抑制剤の開発に取り組み、腐食や防食の観点から1Fの安全な廃炉作業への貢献を目指している。

乳酸Alで環境負荷低く

窒素注入を代替

東京電力福島第一原子力発電所(1F)では事故直後に炉心に海水が注入されたため、原子炉格納容器(PCV)は、腐食のリスクにさらされることとなった。その1Fでは事故直後からPCV内部に窒素が注入されており、それによってPCVを構成している炭素鋼の腐食は抑制されていると考えられている。しかし、燃料デブリ取り出し時にはPCVに大気中の酸素が入り込むため、炭素鋼の腐食が加速する可能性がある。

このため日本原子力研究開発機構は、窒素注入に代わる腐食抑制策として腐食抑制剤を検討し、アルミニウム(Al)化合物を利用した新しい腐食抑制剤を開発した。これは環境や生体への影響が少なく、他分野での応用も期待できる。

既存の効果的な腐食抑制剤には亜鉛イオンが含まれていた。しかし、亜鉛を使った腐食抑制剤を1Fに適用することは生体や環境への懸念があり、排水基準に抵触する懸念もある。このため私は、学生時代に考案した金属イオンの持つ腐食抑制能力に関係する理論式をもとに、排水基準のないAlイオンが高い腐食抑制能力をもつことを突き止めた。

しかし、Al化合物は水に溶けない物が多く、溶けたとしても塩酸Alなど化合しているイオンの腐食性が高く、かえって腐食が促進してしまうものばかりだった。

生体に優しく

そんなAl化合物の中で私は乳酸Alに着目した。これは歯磨き粉に使われるほど生体へ影響の少ない薬品で、水によく溶け、水素イオン指数(pH)は中性を示す。乳酸の腐食性も低い。

私は試行錯誤の上、この乳酸Alを利用した腐食抑制剤を開発した。開発品は既存品よりも低い濃度で炭素鋼の腐食を抑制し、実環境を想定した放射線照射環境での腐食抑制効果は強まることが明らかになった。

なお、この乳酸Alはこれまでに腐食抑制剤として使用された実績が全くない。このためこれは早期に特許として登録された。開発品は排水基準に該当せず、生物毒性や環境負荷も低い。中性淡水環境中でも炭素鋼の腐食を低濃度で抑制できる。

広い分野へ実装

この特徴は1Fだけでなく一般的な工業の循環冷却系などでも使用できることを意味している。特に環境負荷が低く低濃度で抑制できるという点に着目する企業は多く、現在は一般的な現場環境を模擬した試験を実施し、広い分野での社会実装を目指している。