原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

042 放射線挙動解析コード

掲載日:2023年9月5日

原子力基礎工学研究センター
研究フェロー 佐藤 達彦

専門分野は放射線物理・生物。PHITS開発チームをとりまとめ、自らPHITSを応用して宇宙線や医学物理研究を実施している。学会やPHITS講習会などで30カ国以上を訪問。少年の頃の夢は、科学者になることと開発途上国の発展に貢献することで、PHITSの開発と普及で両方の夢をかなえることを目指して奮闘中。

最先端科学 分かりやすく

日常生活支える

「放射線は量子力学にしたがって確率的に振る舞い、物質内で複雑な挙動を示す」ーー。こう聞くと、ほとんどの人が「自分にはとても理解できない」と思ってしまうであろう。しかし放射線は、原子力だけでなく医療や非破壊検査などさまざまな産業で利用され、私たちの日常生活を支えている。とはいえ、その実体はよく分からない。だから怖い、使わないという悪循環に陥ってしまう。

 この課題の切り札として日本原子力研究開発機構が開発しているのが、計算コードPHITS(フィッツ)だ。これを使えば、放射線が物質内でどう振る舞うかをコンピューター内で再現し、可視化することができる。さらにPHITSは多様な条件下での放射線挙動を予測できるため、広い分野で活用されている。

医療用放射線施設や核融合装置の設計、原子力事故時における除染や廃炉計画の策定支援、放射線治療や診断における被ばく線量の推定、人体への宇宙線影響評価などがそれだ。特に医療分野においては、複数の国内企業が原子力機構とPHITS商用利用契約を結び、ホウ素中性子捕捉療法用の治療計画システムを世界に先駆けて実用化した。

利用者8千人超

こうした高精度評価を支えているのが、原子力機構が中心となって開発している最新の原子核反応モデルやデータライブラリーである。これにより、最も信頼性の高い放射線挙動解析コードの一つとして、世界68カ国で8000名以上の研究者や技術者に利用され、その利用企業数は国内外600社を超える。

このPHITS開発のキャッチフレーズは「最先端科学を全ての人に」。これに沿って私たちは分かりやすいインターフェースや親しみやすいロゴを導入して、放射線になじみのない人でも利用できるよう心がけている。その結果、PHITS利用者にはこれまで放射線になじみのなかった医療従事者や学生も多数含まれている。

途上国で講習会

近年は、東南アジアなど開発途上国で積極的に講習会を実施してコードの普及に努め、世界全体の放射線科学レベルの底上げにも貢献している。来年には、初のアフリカ(カメルーン)での講習会も計画中だ。PHITS利用は世界に大きく広がりつつある。