108 「漆はなぜ黒くなるのか」解明
掲載日:2025年2月4日
ナノ構造 量子ビームで解析
スーパー塗料
漆は縄文時代から使われる、非常に長い歴史を持つ日本古来のスーパー塗料だ。漆の木の樹液「生漆」をそのまま塗れば茶色だが、さまざまな技法で異なる色彩が作られた。特に、漆に鉄を添加して作る黒漆は光沢があって非常に美しく、最も広く用いられている。
しかし「鉄でなぜ漆が真っ黒になるのか」は謎のまま、現代でも解き明かされていなかった。
そこで日本原子力研究開発機構では量子ビームでこの謎に挑み、黒漆と生漆では分子のナノ構造が大きく異なることを初めて明らかにした。
生漆の主成分はウルシオール。水酸基が2個付いたベンゼン環(カテコール)から長いアルキル基が鎖状に伸びた構造だ。まず、黒漆の鉄濃度の調査のため骨董品などから採取した黒漆膜を分析した。すると黒漆膜中の鉄の量は約0・3%とごくわずかであった。
次に大型放射光施設「SPring―8」の放射光X線で、黒漆中の鉄イオンの状態把握に初成功した。結果、鉄はウルシオールと結合して存在するが、鉄自体は黒化への影響がほぼなく、漆が黒いのはウルシオール分子が作る構造によるものと判明した。
異なる分子配列
漆膜のナノ構造分析は、X線と大強度陽子加速器施設「J―PARC」の中性子線を使って小角散乱法という手法で調べた。X線は透過する元素中の電子で散乱、中性子線は元素の原子核で散乱を起こす。この性質の差を使えば組成を分析できる。
生漆膜は中性子よりもX線を強く散乱し、X線と中性子線の散乱強度比は黒漆膜より生漆の方が非常に大きかった。分析から、生漆膜はウルシオールのアルキル鎖が並列していることが分かった。一方の黒漆膜では、鉄との反応を契機にウルシオールのベンゼン環同士が重合して、まるで手を結ぶように連結してナノ構造を形成していた。このためπ共役系が広がって可視光を吸収し、「漆黒」を生み出していた。
黒漆が太陽光で退色する理由も解明した。紫外線がウルシオールのベンゼン環と近接分子のアルキル鎖の間に新たな結合を誘発し、構造が変わる。このためπ共役系が切れて可視光の吸収力が落ちていた。
新材料を開発
一連の量子ビーム測定は非破壊測定だ。歴史遺産の解析などさまざまな漆膜分析に応用できる。漆好きで、漆や日本文化の素晴らしさを世界にもっと知ってもらいたいとの思いが出発点になった研究だ。今後は漆を使った新たな材料開発も行いたい。