原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

106 中性子で内部構造「その場」観察

掲載日:2025年1月21日

J―PARCセンター 物質・生命科学ディビジョン 中性子利用セクション
研究主幹 川崎 卓郎

専門は回折結晶学。筑波大学大学院修了後、原子力機構J―PARCセンターで中性子回折装置の建設・運用と、中性子を用いた物質・材料研究に従事。物質に照射した量子ビームが起こす回折現象を使って金属やセラミックスなどが機能を発現している状態での構造を原子レベルで調べ、その機能の起源を探る研究を行っている。

原子レベルの解析可能に

材料性能の起源

私たちの身の回りではさまざまな材料がはたらき、暮らしを支えている。その中でも物の形を保ち、外部からの力に耐えるために用いる鉄鋼などの金属やセラミックスは「構造材料」と呼ばれ、建造物や車両、インフラ設備など、あらゆるところに存在する。

日本原子力研究開発機構は大強度陽子加速器施設J―PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)で、中性子を用いてリアルタイムに物質内部の変化を知る「その場」観察の技術を開発した。さまざまな工学的プロセスの下で材料が力や熱にどのように応答しているのかを解明し、社会課題を解決に導く材料開発につなげる。

金属やセラミックスは、膨大な数の微小な結晶の粒(結晶粒)が集まって形作られている。そして、材料の強さや変形しやすさといった特性には、結晶粒内部の原子配列「結晶構造」に加え、結晶粒の大きさや形状、方位の偏り、結晶粒内部の原子配列の乱れといった「組織」が深く関係している。

では、構造材料に力が加わった時に内部では何が起こっているのだろう?また、構造材料の製造過程で、材料にはどのような変化が起こって機能が付与されているのだろうか?こうした問いに結晶構造など原子レベルで答える手段がMLFの大強度中性子を用いた「その場」観察だ。

変化捉える

調べる物質に中性子を当て、散乱した中性子が作る回折パターンを分析すると、その物質の内部構造が分かる。MLFの中性子源は一定間隔でパルス状に大量の中性子を発生する。この特徴を生かし、材料が力や熱によって変化していく過程を観察すると、材料の内部構造がどのように変化していくか捉えることができる。

私たちはステンレス合金が引っ張られて変形する際の内部変化をその場観察の手法で調べてみた。結果、試験温度や材料の結晶粒サイズを変えると、変形に至るまでの結晶構造や原子配列の乱れの挙動が大きく異なることが分かった。

材料進化に貢献

材料の性能を追求する中で、化学的組成の最適化や組織の作り込みが絶えず行われている。材料を進化させるためには、それをサポートする分析手法が不可欠だ。

開発した技術を使い、MLFでは既存材料の評価だけでなく、次世代材料を開発するための研究を行っている。より強く、より多機能な材料を実現すべく、今後も研究・開発を継続する。