105 中性子散乱のデータ処理法
掲載日:2025年1月14日
ソフトで新機軸確立
極微の見える化
物質内部の原子・分子の配置や振動状態を知ることは、基礎物理研究から新規材料探索のような工業的応用に至るまで、私たちに幅広い知見を与えてくれる。日本原子力研究開発機構は中性子を用いた分析の深化に向け、測定手法とデータ処理連携を高度化。現場導入による成果も出て、縁の下の力持ちを実感する日々だ。
大強度陽子加速器施設J―PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)で行う中性子散乱測定では、試料を通過する中性子に起きる変化(散乱)の情報から、物質内部のさまざまな情報を得る。データ収集には世界に先駆けてイベント記録型を採用。測定中に散乱中性子が検知された時刻と位置の情報を漏れなく、動画撮影のように記録する。
これにより、測定中の試料に加わる温度や圧力などが大きく変化しても、特定の状態のデータのみを抽出するといった柔軟なデータ処理がソフトウエア次第で可能となる。
長所と短所
一方で、MLF建設当時の計算機性能ではデータ処理に相当な時間がかかり、研究者から記録方式への疑問や不満が出たこともある。それでも将来的には必ず新機軸の測定手法となると確信し、データ処理ソフトウエアの開発を進めてきた。
開発成果の一つが「ストロボスコピック測定」手法だ。MLFは世界最高クラスの中性子ビーム強度を誇り、短時間測定でも十分なデータが得られる。だが、短時間に変化する外場による応答反応を連続的に細かく得ようとすると、結果的に極めて短時間の測定の連続となってしまう。
例えるなら、暗所でのカメラのフラッシュ撮影で、1回では明るさが足りず不明瞭になるのと似ている。この場合は同じ場所を何回か撮影し、画像の重ね合わせで鮮明化する技法がとられる。
我々の開発した手法では中性子測定中に外場の変化を繰り返す。その連続データの中から同じ外場状態のデータを抽出し、重ね合わせて質の高いデータ取得を実現するものだ(図)。
実用化を達成
世界でも画期的な手法ながらMLFではすでに実用化。物質への紫外線の照射と停止を繰り返して生じる構造変化や、急加熱急冷や瞬間的な磁場を加えて発生する原子単位の磁気的な構造変化を可視化するなど、幅広い研究分野で成果を上げている。今後もデータ処理ソフトウエアを進化させ続けることで研究を支え、共同利用施設としての価値向上につなげたい。