原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

104 MLFの中性子実験装置群

掲載日:2025年1月7日

J―PARCセンター 物質・生命科学ディビジョン 中性子利用セクション
セクションリーダー 中村 充孝

J―PARC建設初期より物質・生命科学実験施設における複数の中性子非弾性散乱装置の設計・建設に従事。現在はフェルミチョッパー型中性子分光器「四季」の副装置責任者を務める。2023年度より中性子利用セクションリーダーとして、J―PARCの中性子実験装置グループ全体を統括している。

高性能装置で技術革新支援

多彩な分析力

1932年に中性子が発見されてまもなく、さまざまな用途の中性子実験装置が誕生し、多岐にわたる学術分野で中性子が非常に有用なプローブ(探針)だと証明されてきた。

日本原子力研究開発機構でも大強度陽子加速器施設J―PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)に中性子実験装置を複数配備、科学技術の革新を支えている。性能が新発見に直結するため開発競争は激化しており、次世代を見据えた検討も進めている。

MLFは世界の研究者・技術者に開かれたユーザー施設だ。物質の構造を決定する「中性子回折装置」や物質内原子の動きを捉える「中性子非弾性散乱装置」、表面・界面の構造を評価する「中性子反射率計」、物質内部を可視化する「中性子イメージング装置」などがある。これらは全て、線源から中性子ビームを測定試料に照射、散乱・透過する中性子を検出器で捉える点で共通する。

成果の創出担う

装置設計者はこの共通項を出発点に、試料や検出器の設置位置、チョッパーやビーム輸送系など中性子デバイスに工夫を凝らす。その結果、広範な対応能力を持つ実験装置を実現できるのが設計の醍醐味だ。この間、徹底的に吟味し、性能を極限まで向上させる点は腕の見せどころでもある。

 MLFの中性子源は40ミリ秒に1回パルス状の中性子を発生する。パルス当たりの中性子数は群を抜き世界最高だ。この大強度ビームは従来の中性子実験と比べ測定時間や試料量を劇的に減らし、金属構造材料の多様な試験条件での「その場観察」など、数多くの重要な成果創出をもたらした。また、線源が有するパルス性は周期的な変動現象の観測と相性が良い。稼働モーターの漏れ磁場や周期的電場で駆動する圧電材料の構造観察も成功している。

飛躍を目指して

稼働から15年以上が経過し、利用申請数や論文数の観点では安定期に入ったと言える。しかし、中性子実験装置担当者は現状で満足していない。ポテンシャルを最大限に引き出そうと「MLF―double」をスローガンに、最新技術導入によるビーム強度や測定効率の向上、機械学習を活用した新規解析手法の開発などに取り組んでいる。

それでも実現しえない実験があり、欧米中の競合施設は高出力機の開発計画を進行中だ。私たちも現行比20倍以上の高輝度中性子を軸とした新施設、第2ターゲットステーション計画での達成を夢見て、将来計画を描いている。