原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

100 ミュオンビームで原子空孔検出

掲載日:2024年12月3日

原子力科学研究所 先端基礎研究センター 表面界面科学研究グループ
研究主幹 伊藤 孝

専門分野は固体物理およびミュオン科学。J-PARCセンターにも所属し、ミュオンビームによる物質機能解析やビームライン制御、実験装置の開発などに幅広く取り組んできた。最近では、ミュオンの化学的活性と量子性を最大限に利用した新しい分析技術の開拓などを通じて、ミュオンビーム応用基盤の発展に力を注いでいる。

長期信頼性

日本原子力研究開発機構は大強度陽子加速器施設J―PARCのミュオンビームラインを活用し、電子機器に不可欠なセラミックコンデンサーの内部に生じた「酸素空孔」を非破壊的に検出する手法を開拓した。今回の成果は機能低下の一因を原子レベルで解明する一助となる。

積層セラミックコンデンサーは重要な電子部品の一つで、私たちの生活を陰から支えている。部品の長期信頼性に関わるとされるのが誘電材料の結晶中に生じる酸素空孔だ。結晶構造から一部の酸素が抜けてでき、相対的にプラスの電荷を帯びる。これが時間が経つにつれてセラミックコンデンサーの負極付近に集まってしまい、機能低下を引き起こすと考えられてきた。

このためセラミックコンデンサーの信頼性をさらに高めるには、酸素空孔の振る舞いを深く理解した上で高度に制御する必要がある。しかし、酸素空孔はとらえどころがなく、特に微量しかない場合は状態を知るすべもなかった。

水素の代用

そこで私たちは、水素と酸素空孔が結びついて安定化する反応を利用して酸素空孔を検出しようと考えた。反応観察には誘電材料中への水素導入と信号検出を同期させる必要があるが、本物の水素で行うのは至難の業だ。

代わりとして選んだのが水素の同位体としての性質を持つ素粒子の正ミュオンだ。J―PARCのミュオンビームは同期測定に非常に適している。さらに、ミュオンはその軽さに由来する量子効果により、本物の水素よりもずっと動きやすく、酸素空孔に向かって速やかに拡散して反応を起こすことも期待できた。

実証に向け、チタン酸ストロンチウムという誘電材料のモデル物質を採用。酸素空孔の量を変えながらミュオンビーム照射実験を積み重ねた。実験データには、正ミュオンと酸素空孔が直接反応した痕跡と、それが空孔濃度に応じて変化する様子が鮮やかに記録されていた。新しい非破壊分析技術を目にした瞬間だ。

信頼性を向上

とはいえ、実用誘電材料中の酸素空孔の偏りを解析するには、酸素空孔の存在検知だけでは不十分で、試料の深さ方向の分解能が求められてくる。J―PARCでは現在、ミュオンの打ち込み深さをナノメートルスケール(ナノは10億分の1)で調整できる実験装置の整備が進む。今後、この装置と組み合わせて本手法をさらに発展させ、セラミックコンデンサーの信頼性向上につながる新知見の獲得へとつなげていきたい。