原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

098 イオン液体の電気化学反応

掲載日:2024年11月19日

原子力科学研究所 物質科学研究センター エネルギー材料研究グループ
研究主幹 田村 和久

北海道大学大学院理学研究科博士課程修了後、学振海外特別研究員を経て原子力機構へ。専門は電気化学で、SPring―8やJ―PARCなどを利用して電気化学反応中の電極/電解液界面のその場構造解析を行っている。かれこれ15年間イオン液体と向き合う日々を過ごしている。

謎の動態の一端 「光」で解明

第3の溶媒

イオン液体は常温で液体状の塩(えん)で、水とも有機溶媒とも違う第3の溶媒だ。蒸発も燃えもせず、電気は通す。このためイオン液体を電池やメッキの電解液に利用する研究が盛んだが、水溶液中とイオン液体中では電気化学反応の進み方が違うことが分かってきた。

そこで、日本原子力研究開発機構ではイオン液体中でのビスマス(Bi)のメッキ(電析)反応を4つの手法を駆使して解析を進めている。溶媒特性の違いを理解して制御方法を確立することが実用化する上で重要だからだ。

まず、電気化学反応の反応性を決める要素の1つ、電極/イオン液体界面に形成される「電気二重層」の構造を、大強度陽子加速器施設J―PARCで中性子反射率を測定した。これには極めて平坦なシリコン基板を電極にし、金属イオンを含まないイオン液体で電圧を印加する手法を採用。精密な構造解析の結果、マイナスの電圧が電極にかかっているとき、アニオン分子とカチオン分子はそれぞれ層を形成して積層し、かつ分子は電極に平行に配向していることがわかった。

原子レベルで

次に、ビスマスイオンを含むイオン液体中で金電極上にビスマスを電析させて、どのようにメッキ反応が進むのかを追跡した。この計測には2種類の「光」、可視光と、大型放射光施設「SPring―8」の原子力機構専用ビームラインでつくる高輝度放射光(きわめて明るいX線)を用いた。

電極に可視光を照射して反射してくる光の強度は、電析したビスマスの被覆率に比例して変化する。そこで反射光強度を測定し、電析反応がどう進むかをリアルタイムで記録。一方、X線を用いた回折実験では、ビスマス層がどのような構造をとっているかをその場解析した。さらに、電気化学測定も行い、電流値と被覆率の変化からビスマスの電析反応の反応電子数を解析した。

挙動を把握

この結果から、ビスマスの電析反応には4つの過程があり、イオン液体は電極表面に吸着・脱離しながら反応が進むことが明らかになった。

イオン液体中で電気化学反応がどのように進むかはまだまだ理解が進んでいない。このことが実用化を阻んでいる一因となっており、本研究でその一端を解明できたと考えている。イオン液体中では従来の溶媒では不可能なメッキが可能となるので、実用化により、新規な電池や触媒材料の開発が期待される。