097 ハドロン分光の「尖った」ピーク
掲載日:2024年11月12日
国際共同実験で存在実証
加速器使い研究
原子核という極微の世界をさらに細かく見ていくと、構成要素の陽子や中性子にたどり着く。この陽子や中性子の仲間はハドロンと呼ばれ、物理学の研究対象として非常に興味深く、日本原子力研究開発機構も含め世界中が加速器や量子ビームを駆使して研究を行っている。学問としては基礎研究で具体的な応用を志向したものではないが、時に応用できるかもしれない現象に出会うことがある。
従来、ハドロンはクォーク2個または3個から出来ていると考えるクォーク模型で説明されてきたが、それではうまく説明できない「エキゾチックハドロン」が近年、数多く発見されている。エキゾチックハドロンへの有力な説明の一つは2個の軽いハドロンがゆるく結びついて束縛系を作るというもの。
思考錯誤
しかし、試行錯誤の末分かったのは、2個のハドロンがぎりぎり束縛しない場合でも束縛したのと同様の信号が見える、というものだった。つまり、ハドロンが崩壊した先の粒子をすべて捕らえ、その質量を再構成して得られた質量スペクトルに、束縛状態がない場合もピーク様の構造が出る。
ただし、この構造と普通のピークとでは大きく異なる点が一つある。普通のピークはどんなに細くても「頭が丸い」形、数学的には極大点で微分が0になる。一方、ピーク様構造では極大点の微分は無限大(正の無限大から負の無限大にジャンプして極大点を作る)となり、尖った形を示すことから「カスプ」と呼ばれる。
理論的に長年予言されていたが、実際の実験では質量分解能が有限なため同定が難しかった。だが、私たちはつい最近になってようやく、多くの研究者が参加した国際共同実験「Belle実験」の高統計かつ高分解能のデータを用いて尖った形のピークが存在することの実証に成功した。
幅広い応用可能
さて、カスプは量子力学のみで導かれるため、ハドロンに限らず普遍的に起こる現象であるはずで、ここに応用の可能性が出てくる。微分が無限大となるのは、インプット側のごく小さな変動に対してアウトプット側は大きな変動になり得ることを意味しており、高感度センサーなどの製作に役立つかもしれない。
実際、2021年にはカスプを利用した高感度機械光学センサーが提案されている。原理的には幅広い応用があるはずで、これからもその可能性について考えていきたい。