原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

092 地下深部の未知微生物群

掲載日:2024年10月1日

核燃料サイクル工学研究所 環境技術開発センター 基盤技術研究開発部 核種移行研究グループ
研究副主幹 天野 由記

専門分野は地球微生物生態学。瑞浪超深地層研究所(現在は閉鎖)および幌延深地層研究センターの地下施設を活用し、高レベル放射性廃棄物の地層処分における長期的安全性確保に向け、地下微生物や地球化学に関する調査研究を行っている。地下深部で生活する微生物の生きざまに驚きの日々だ。

免疫システムで共生相手確認

未解明探る

酸素のない暗黒の地下深部にも微生物は存在し、その生態系や代謝機能は、ほぼ未解明のままだ。日本原子力研究開発機構は独デュースブルク・エッセン大学などと共同で、地下深部の古細菌が他の微生物と共生するため、自己防御用の獲得免疫システムを活用する証拠を発見。微生物が関わる環境影響評価の精度向上につながりそうだ。

原子力機構は幌延深地層研究センター(北海道幌延町)で高レベル放射性廃棄物の地層処分の研究開発を行っており、微生物も研究対象の一つだ。微生物生態系による地層処分への影響評価を行うには微生物の振る舞いを知る必要があるからだ。

幌延の堆積岩地下水にもアルティアルカエウム目に分類される未培養古細菌が非常に多く生息する。彼らは先端が鍵針のような触手状の突起を伸ばして仲間とつながり、バイオフィルムを形成するという興味深い特徴を持つ。世界中の研究者が分離培養を試みたがいまだ成功していない。理由として、共生菌がいない環境では生息できないからではないかと指摘されていた。

メタゲノム解析

私たちは幌延と米クリスタルガイザー(ユタ州)の地下水から微生物を採取し、古細菌と共生菌の関係をメタゲノム解析などで分析調査した。すると、未培養古細菌の免疫システム「クリスパー・キャス」の遺伝子配列から共生生物の必須遺伝子が見つかった。

クリスパー・キャスはウイルスなどの外来遺伝子の一部を切り取り自己ゲノム中に保存。次に襲撃されると保存情報を元に「はさみ」を作成、敵の侵入遺伝子を攻撃する。この獲得免疫の仕組みを用いたゲノム編集技術は2020年のノーベル化学賞に選ばれている。

 調査の結果、古細菌はクリスパー・キャスを介して他の古細菌の寄生を標的にしたり、共生菌との間で必要な代謝を補い合って相互扶助的に支えたりしていた。敵と味方、寄生か共生かを免疫システムで判別する独自進化の可能性を示す新たな発見だ。

他領域で貢献も

地層処分では微生物の働きによる金属腐食や核種移行の影響が懸念される。一方、地下施設建設で擾乱(じょうらん)された地球化学環境が微生物の働きで速やかに回復することにより、人工バリアーの長期安定性に寄与するメリットも明らかになってきた。私たちが代謝機能の一端を解明したことは地層処分のみならず、環境浄化や新エネルギー、新薬探索など微生物が関わる他領域での貢献にも道を開く。