083 大強度イオンビーム安定化
掲載日:2024年7月30日
抵抗間に高耐圧ダイオード
メンテにも支障
大強度のイオンビームを加速すると、一般にビームは不安定になり、実験の実施に弊害が出る。日本原子力研究開発機構では、大強度イオンビームを安定化できる高耐圧のダイオードを開発。省電力でのビーム安定化を実現し、更なる実験精度向上に道をひらく。
茨城県東海村にある円形加速器「J-PARC-3GeV陽子シンクロトロン」(RCS)は世界有数の加速器実験施設だ。約80兆個でできる陽子の塊(ビーム)を周回させると、50分の1秒で光速の約97%の速さに加速できる。
この際問題となるのが、ビームが加速途中で振動し、加速できなくなる「ビームの不安定化」だ。ビームの不安定化は、実験が実施できなくなるばかりか、加速器が放射化し、メンテナンスにも支障を及ぼす。RCSの場合、ビームを加速器から出射する装置(キッカー電磁石)とビームが「加速途中で相互作用」することで不安定化が生じる。電磁石のスイッチがオフであるビームの加速中も、電荷を帯びたビームが何度も電磁石を通過するが、その際、電磁誘導により誘導電流が生じ、この高周波の小電流がビームに干渉することでビームが不安定になるのだ。
大電流ブロック
この問題の解決策の1つは、スイッチ端の近くに抵抗を設置し、その抵抗に誘導電流を吸収させる方法だ。しかしこの方法では、電磁石のスイッチをオンにした際に電源から供給される大電流もこの抵抗によって消費されてしまうため、ビーム出射時には加速器の消費電力を増加させなければならなかった。
そこで原子力機構では、新たに大電流にも耐えられる高耐圧のダイオードを開発し、スイッチ端と抵抗の間に挿入した(図)。これにより、電源から供給される大電流は、抵抗に消費されないようダイオードによってブロックしつつ、一方でビームから誘起される高周波小電流は抵抗で吸収できる。
技術発展に寄与
電力消費量を増加させることなくビームの安定化に成功し、実験施設に正常に加速した大強度のビームを供給可能とした。
米国物理学会誌の注目論文にも選出されたこの成果は、ビームを用いた実験の精度および分析性能の向上、素粒子物理学および原子核実験などの科学技術の発展に寄与する。今後は、世界で建設が予定されているハドロン型加速器の設計手法に活用されることも期待している。