原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

082 シート状ガスでビーム計測

掲載日:2024年7月23日

J-PARCセンター 加速器ディビジョン 加速器第二セクション
研究員(一般職) 山田 逸平

学生時代から原子力機構J-PARCセンターにて今回のモニターの開発に取り組んできた。モニターは真空工学の技術を応用したものであり、そのつながりから卒業後は真空グループに配属。現在は同モニター開発を続ける一方で、真空機器の管理・高度化やビームとガス・真空容器の相互作用によるビームへの影響に関する研究に携わっている。

高度な診断 リアルタイム

加速器は、イオンや電子などの電荷を帯びた粒子を束にした「ビーム」を加速して、科学実験や産業・医療応用を行う装置だ。加速器研究者は、より多くのビームを、より高品質な状態で、より安定に供給することが求められる。日本原子力研究開発機構では、ガスを用いたコンパクトかつ低コストのビーム計測手法を開発。本手法はビームの高品質化・安定化に寄与し、産業界を含むビームを扱う多種多様な装置へ応用可能だ。

真空維持がカギ

原子力機構が所有する大強度陽子加速器施設J-PARCは、大量の水素イオンを加速する施設であり、ビームの高品質化・安定化がより困難な加速器である。装置の特徴として、わずかな気体との衝突でも不安定になるビームを取り扱うため、J-PARCのビーム輸送経路はより高度な真空に維持されている。

一方ビームの制御には、まずビームを計測する必要があるが、特にビームの断面形状の計測に関しては課題がある。従来の金属などに衝突させる計測方法では、大強度のビームゆえに、熱負荷により機器が溶断されてしまうため、ビームの強度に制限がかかることだ。

そのため、金属と違って破損しない「ガス」を導入する非接触型のモニターの開発が世界的に進められている。ビームと相互作用したガス粒子から生じる光をカメラで撮影し、ビームの断面形状を得るという原理だ。しかし、先述の通りビーム輸送経路は真空を維持する必要があるため、その真空を乱さないガス導入手法がモニター実現のカギを握る。

真空工学を応用

そこで、原子力機構では真空工学の技術を応用し、導入ガスをシート状に形成することで、周辺に大きな影響を与えずに局所的にガスを導入する手法を実現。開発したモニターを使用して実際に大強度ビームの断面計測をした結果、従来型のモニターで測定した結果とよく一致し、コンパクトでコストを抑えた新開発モニターの実用可能性を得ることができた。

多様なビームに

同モニターが実用化されれば、ビームをリアルタイムで診断することができ、加速器の安定化や大強度化に貢献できる。特にビームの安定性が重要な医療機関の加速器では、同モニターを用いたより高度な情報のリアルタイム計測により、さらなる高精度化が期待される。また、核融合や半導体産業などのビームを扱う装置にも応用することができるため、幅広い可能性を秘めている。