原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

081 粘土鉱物とイオンの関係解明

掲載日:2024年7月9日

システム計算科学センター AI・DX基盤技術開発室
研究員 山口 瑛子

専門は地球化学。高校生の時にレアアース危機や東日本大震災が発生し、資源や環境に関わりたいと考えていたところ、粘土鉱物がどちらにも重要であることを知り、興味を持った。大学で行ってきた実験と原子力機構で着手した分子シミュレーションを組み合わせることで、粘土鉱物の新たな一面を発見したいと考えている。

農業や宇宙分野にも貢献

日本原子力研究開発機構では、土の中の重要鉱物である粘土鉱物に吸着した金属イオンの構造を分子レベルで解明。金属イオンが大きいほど粘土鉱物に吸着しやすい傾向を見いだした。本成果は、さまざまな社会課題の解決に寄与する。

粘土鉱物は土の中に多く存在する鉱物だ。人類は植物の育成や土器の作製など、太古から粘土鉱物を「土」として活用してきた。現代でも、環境、資源、農業、宇宙など、さまざまな分野に顔を出す。例えば、産業に必要不可欠な資源であるレアアース(希土類)や、原発事故で放出された放射性セシウムは、イオンとして粘土鉱物に吸着する。

外圏/内圏錯体

近年、粘土鉱物に吸着したイオンは、水分子に囲まれて脱離しやすい「外圏錯体」と、水分子に囲まれておらず強く吸着する「内圏錯体」の2種類を形成することが分かってきた。例えばセシウムは、内圏錯体を形成し粘土鉱物に強く吸着するため、取り出すことが難しい。このため、他のイオンについても外圏/内圏錯体のどちらを形成するかを明らかにすることが重要だが、その決定要因は未解明であった。

系統的な調査

その解明のカギとなったのは「系統的な調査」と「ラジウム」だ。まず原子力機構では10個以上の元素を対象に分子レベルの実験を系統的に実施。すると、イオンの大きさが大きいほど内圏錯体を形成しやすいことが分かった。

また、スーパーコンピューターを用いた分子シミュレーションを行った結果、「イオンの大きさ(粘土鉱物の隙間へのはまり具合)」と「イオンの水への溶けにくさ」が重要であることが分かり、実験の傾向を計算によって説明することができた。

ラジウムに着目

さらに私たちは、放射性元素のラジウムに着目。環境中の土壌試料を実際に分析し、実験とシミュレーションから予想した通りにラジウムが移行していることを確認した。取り扱いが難しく未解明な点が多いラジウムだが、今回分子レベルのラジウム実験を世界で初めて成功させ、一部の粘土鉱物に強く吸着することを明らかにした。

本成果は、環境中の土壌の理解に役立つことを示すだけではない。放射性廃棄物の安全な保管や環境汚染の防止、農業の効率化、火星や小惑星「リュウグウ」の環境推定など、さまざまな分野における重要な社会課題の解決へ貢献が期待される。