原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

079 極薄インダクターの実現に道筋

掲載日:2024年6月25日

先端基礎研究センター スピン-エネルギー科学研究グループ
研究副主幹 荒木 康史

東京大学大学院にて博士取得後、米国テキサス大学、東北大学を経て原子力機構へ。現在は先端基礎研究センターにて研究副主幹。専門分野は固体理論物理で、特にトポロジカル物質に内在する電子物性を研究している。トポロジカル物質と磁性の協調現象に基づき、スピントロニクス応用に向けた新規機能性の開拓を目指す。

小型化と電力性能を両立

表面だけに電流

日本原子力研究開発機構は電子回路の必須部品であるインダクターを、従来の1万分の1の薄さで実現するための理論を確立した。表面だけに電流を通すことができる物質「トポロジカル絶縁体」を採用するもので、この動作原理が実装できれば、従来と同等の性能で超小型化したインダクターの開発が可能となる。

電子回路に使われるインダクターは、電流の変化を妨げる方向に電圧を発生させる機能を持つ。このため電力制御やノイズ除去、周波数フィルターなどさまざまな目的で使われる。自動車や家電製品などに多くの電子回路が搭載される今、インダクターの需要は爆発的に増加している。

一方でインダクターは、サイズの小型化に限界がある。その構造は鉄心に導線を巻いたコイルであるため、最小でも0.1ミリメートル程度のサイズが必要だ。これが、電子回路の集積化を推進する際の大きな妨げとなっていた。

これを解決するため原子力機構では、トポロジカル絶縁体を使うことを考えた。一般的な金属はその内部全体に電流が流れるが、トポロジカル絶縁体は表面だけに電流が流れ、内部の無駄な電流から来る電力損失が抑えられる。同時に10万分の1ミリメートルという極薄膜にしても、表面に流れる電流は変わらない。

磁気の振動活用

私たちは、こうした性質がインダクターの電力性能と小型化の両立という目的にかなうことに着目。トポロジカル絶縁体と磁石の薄膜を積層したデバイスを考案し、その界面に流れる高周波電流に対してインダクターとして働くことを、理論から導いた。

この新原理では、コイルの代わりに磁石の薄膜に発生する磁気の振動を活用し、薄膜でも十分なインダクター機能を得る。薄膜型のインダクターとしては、金属磁石の薄膜を利用した形態での研究開発が既に進められているが、電力損失が深刻な問題であった。トポロジカル絶縁体を使うことで、この問題を根本から克服するのが、この新原理のブレークスルーである。

未知の物性解明

トポロジカル絶縁体はビスマスやテルルなどの半金属元素で構成され、普通の金属や半導体からは想像もつかない、未知の物性を秘めている。それらを解明し、インダクターを始めとした新しい機能性の実装へとつなげていくことが、私たちの研究が目指す未来である。