原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

078 残留応力を非破壊・非接触で測定

掲載日:2024年6月18日

物質科学研究センター 階層構造研究グループ
研究副主幹 諸岡 聡

茨城大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。専門は金属物性学、量子ビーム工学。学部4年時に中性子回折に巡り合い、以来金属結晶の観察を基にした金属物性の研究と、そのための計測技術の開発を行ってきた。現在はJRR-3に設置されている「中性子応力測定装置」の装置担当者を務め、装置グループメンバーと共に本装置の高度化研究を進めている。

構造物の信頼性・健全性確保

日本原子力研究開発機構では、中性子ビームを用いて大型機械や構造物の表面から内部にわたる残留応力の分布を非破壊・非接触で測定することに成功。この計測技術を用いることで、機械部品や溶接構造物の信頼性や健全性の確保に寄与することが可能となる。

内部の「ひずみ」

物体の外部から力を加えると、それと釣り合うように物体内部にも抵抗力が発生する。これを応力という。残留応力とは、外部からの力を除去した後でも物体の中に残る応力のことだ。残留応力は物体内部に「ひずみ」として存在し、物体の強度向上に寄与する場合もあれば、腐食割れ、疲労亀裂の原因になることもある。したがって、機械や構造物の信頼性や健全性の確保のためには、残留応力の計測が欠かせない。

原子力機構が所有する中性子応力測定装置RESAは、研究用原子炉JRR-3ビームホールのT2-1ポートに設置されている。この装置では、金属結晶中の原子間を標点距離(材料の伸びを測定する部分の長さ)とし、物理的に応力を計測することが可能だ。

優れた透過能

入射した中性子ビームを試験体に照射し、その回折角の変化を測定することで、試験体内部の局所領域におけるひずみの状態を測定することができる。これは、中性子の優れた透過能を生かしたもので、数ミリメートルから数十ミリメートルオーダーの材料内部のひずみ・応力状態の3次元分布が、非破壊・非接触で測定できる唯一の測定技術だ。

この計測技術は、種々の機械構造物の残留応力測定を通して、高性能、高信頼性、長寿命化を目指した製品開発や構造設計に大きく貢献している。例えば、自動車部材やロケットエンジンといった輸送機械部品、インフラ構造物や発電プラントを模擬した溶接構造物など、さまざまな機械・構造物の信頼性・健全性の確保のために広く用いられている。

また、力が加わった状態など使用環境を模擬した状況での応力評価ができることもこの計測技術の大きな特徴だ。

社会問題を解決

今後は脱炭素社会や低資源・高効率社会の実現に向け、原子力科学技術を最大限活用することで、社会問題を解決し、社会に価値を提供することが求められる。

引き続きJRR-3や大強度陽子加速器施設J-PARCなどの基盤施設における、中性子施設・測定装置などの高度化・高効率化に資する技術開発を加速させ、国内外の研究者との共創により、世界をリードする数多くの研究成果の創出につなげたい。