072 中性子偏極スーパーミラー
掲載日:2024年4月23日
物質の磁気構造を解明
中性子のスピンの向きをそろえることを「偏極」という。偏極した中性子ビームを試料に入射し、散乱を測定する偏極中性子散乱によって、物質内部のミクロな磁気構造を非破壊で得ることが可能だ。日本原子力研究開発機構では、中性子ビームを偏極する磁気多層膜「中性子偏極スーパーミラー」の開発・高度化を進めている。この研究は原子力機構が保有する大強度陽子加速器施設J-PARCの性能をさらに引き出し、新たな研究領域の開拓や産業利用への貢献につながる。
中性子偏極スーパーミラーとは、中性子ビームを反射し、偏極させる「膜」であり、強磁性体と非磁性体を交互に、層厚を少しずつ変えながら積層されている。
極薄の磁性膜
J-PARCでは幅広い波長域を持つ中性子ビームを供給することができるが、より多くの中性子ビームを偏極させるためには、偏極スーパーミラーの最も層厚の小さい部分を、1対層当たり6ナノメートル(ナノは10億分の1)以下とすることが必要だ。しかし、従来の方法で成膜された磁気多層膜は、このような小さい層厚で自発磁化が消失してしまい、J-PARCで発生する中性子の一部しか偏極できないことが課題であった。
この課題に取り組む中で、偏極スーパーミラーに用いられるFe/Ge(鉄/ゲルマニウム)多層膜では、Ge層の厚さが2ナノメートル以下になると磁化の消失が抑えられ、かつ軟磁性化する(磁場の影響を受けやすく、磁化されやすい状態になる)ことに気が付いた。
多層な磁気領域
J-PARCにおいて偏極中性子散乱によりこれらの多層膜の磁気構造を観察した結果、Ge層の厚さが2ナノメートル以下になると隣り合うFe層の間で強い磁性を持った交換結合が生じ、多層にまたがる3次元的な磁気ドメインが形成されることを発見。
自発磁化の維持とともに軟磁性化する仕組みを明らかにした。これを利用することで、1対層の層厚が6ナノメートル以下でも十分な磁化を維持できることに着目し、J-PARCでの中性子偏極可能領域を20%拡大することに成功した。
更なる薄膜化
今回の新たな偏極スーパーミラーをもってしても、J-PARCで得られる中性子ビームの波長域を全てカバーするには十分でなく、更なる薄膜化に向けた研究の余地が残されている。私たちは、J-PARCにおける偏極中性子を利用した成果創出に貢献するとともに、いまだ完全な理解には至っていない多層膜特有の磁性の起源解明やその制御方法の開拓に取り組んでいる。