原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

071 中性子で元素の分布と量を測る

掲載日:2024年4月16日

J-PARCセンター 物質・生命科学ディビジョン 中性子利用セクション
研究員 土川 雄介

中性子やガンマ線、電子・陽電子といった量子線を利用し、イメージング技術開発や基礎物理実験にいそしんできた。現在は二次元検出器と次世代イメージング技術開発に注力している。正体不明の物体を置くと、(どんなものであれ)その中に何が、どれだけ存在するか非破壊で3次元可視化する。そんなシステムの実現を目指している。

3次元可視化に現実味

中身がわからない(対象)物に中性子線を照射して解析し、そこに含まれる元素を3次元で定量化する―。日本原子力研究開発機構は、そんな測定技術につながる手法の実用化を目指している。これは産業分野に広く応用できる可能性を秘める。

X線と中性子線

イメージングとは、物体の内部を視覚化する技術だ。レントゲン(X線)撮影はその代表例で、X線は人体中の水分や筋肉は透過するが、骨は透過しにくく、白く映ることを応用している。しかしX線は金属のような物質は透過しないため、金属内の解析にはそれを透過できる中性子線が用いられる。これを応用した測定法は、工業製品開発や学術応用、食品開発、特に最近では車載燃料電池開発などに利用されている。

私たちはこの手法を、東京電力福島第一原子力発電所(1F)の廃炉研究に応用することを試みた。廃炉研究においては、溶融した炉心に含まれる物質、特に溶融物の硬さに大きく影響を与えるホウ素の分布や状態を予測する必要があった。

スペクトル解析

そこで、一般的な中性子のイメージング技術に加えて、原子力機構の短パルス中性子施設MLFを活用することにした。MLFでは、中性子のエネルギーの違いによる反応を分析に利用できるからだ。

しかし多くの元素では、特定の中性子エネルギーに対して極端な応答があるため、それを元素分析に利用できるが、ホウ素にはそのような特徴的な性質がない。このため私たちは、ホウ素の緩やかな反応を精密に分析することで、定量化を試みた。

この手法では、様々なノイズを考慮する必要があり、私たちは検出器の特性やバックグラウンドなどを綿密に調べる作業を1年以上かけて実施。その結果、ホウ素の緩やかな反応を解析することに成功した。

また1Fの溶融炉心を模擬した試料を測定し、ほぼ金属で構成される模擬デブリの中に残るホウ素分布の定量化に役立つことも確認できた。この手法は他の元素にも応用が可能で、極端な応答だけを利用する従来の方法より精度が格段に向上した。

全元素に対応

さらに、これまで可視化できなかった元素への応用や、従来法と組み合わせることで、元素毎の3次元定量分布測定技術も現実味を帯びてきた。これが実現すれば工業や医療などの産業分野や学術分野で、これまでにない画期的な応用が期待できる。