069 中性子使い鉄鋼高性能化
掲載日:2024年4月2日
強度・靭性両立材を開発
透過力を利用
中性子は部材を透過する能力がある。日本原子力研究開発機構ではこれを利用して、鉄鋼を加工する際の内部構造を分析することに成功。鉄鋼の高性能化に道筋をつけた。
鉄鋼などの金属を加熱し、圧力を加える(圧延、鍛造)ことで加工ができる。その過程で材料の内部構造を変化させ、強度を向上させることもできる。そのとき部材内部では、外力を取り去っても残る変形(塑性変形)や結晶構造が変わる相変態、再結晶などが起こる。そのメカニズムを理解できれば、高い強度とねばり(靭性)を両立させた高性能の鉄鋼材料の開発が可能となる。
「匠」と連携
一方、中性子は数センチメートルの鉄鋼材料を透過する。さらに大強度陽子加速器施設J-PARCの中性子源を用いれば、数秒間で鉄鋼材料の内部構造の情報が得られる。私たちはこれに、J-PARCに設置されている工学材料回折装置「匠」を組み合わせることで、材料の内部構造の変化をとらえる研究に着手。実際の鉄鋼製造工場での圧延や鍛造を模擬した鉄鋼のひずみ速度やひずみ量と、それを高速冷却した場合の加工熱処理のシミュレーションに取り組んだ。
定量的情報得る
「匠」に装着したシミュレーターでは、チャンバー内で1200度Cの温度と、毎秒百ミリメートルの圧縮変形を実施することができる。実験では試験片を高周波誘導方式で加熱し、ガス冷却により急冷。チェンバー内にある試験片が高温で変形する過程で中性子を照射し、それを検出し、解析した。その結果、鉄鋼材料の内部組織中にある構成成分の割合(相分率)や、変形のしにくさ(転位密度)、応力分布、集合組織など内部構造の定量的な情報が得られた。
鉄鋼製造プロセスでは加工熱処理法が重要な技術となっている。産業界では、そのプロセスで起こる現象をその場で測定したいという要望が強く、それが鉄鋼高性能化へのカギを握っている。本研究はこうしたニーズに応えるもので、鉄鋼材料の加工熱処理を模擬した、世界初の本格的な中性子回折実験を実現。将来の高性能鉄鋼材料の製造に道筋をつけたといえる。この手法は金属学で重要な相変態や変形、回復・再結晶などの動的現象を詳細に研究することにも有効であり、金属加工の分野で大きく貢献することが期待される。