065 分子の「真の形」捉える
掲載日:2024年3月5日
新材料創成などに道開く
立体構造を把握
物質を構成する分子。それらの「形」、すなわち立体構造を把握できれば、分子の理解は大きく進み、さまざまな新材料創成の手がかりを得る契機となる。日本原子力研究開発機構ではJ-PARCの大強度中性子を活用することで、グラニュー糖ほどの大きさがある単結晶であればそこに含まれる分子の形を把握できる装置を開発し、この分野で大きな進展を果たした。
単結晶とは原子や分子が規則正しく配列したもので、身近では氷砂糖やシリコン、宝飾品などがある。そして「単結晶回折」は、単結晶にX線や中性子線といった量子ビームを照射し、そこから散乱するX線や中性子線の方位や強度を測定することで、単結晶を構成する原子の配列や分子の立体構造を得るものだ。その精度は非常に高く、分子を構成する原子の間の結合の長さの100分の1の差まで識別することができる。
動く水素原子
このうち中性子線を使う「単結晶中性子回折」では、特に分子中の水素原子に対して感度が高い。水素原子は分子内を動き回ることがあり、その場合には化学結合の種類も変わり、分子の性質自体が変化する。このような分子では、動き回る水素原子を単結晶中性子回折で確実に捉えなければ、分子の真の形は分からない。
一方、単結晶中性子回折で使用する中性子線はX線に比べて輝度が小さく、それを補うためには米粒(数ミリメートル角)ほどの大きさの巨大な単結晶を作る必要があった。このため単結晶中性子回折が適用できる試料はごく限られていた。
試料は砂糖粒大
そこで原子力機構では、より小さな単結晶での単結晶中性子回折を実現するために、J-PARCにて新たな回折装置「千手(SENJU)」を開発した。この装置では大強度中性子を活用するとともに、多数の大面積検出器を備え、バックグラウンド対策を徹底することで、ごく小さな単結晶からの微弱な中性子の散乱も高効率でとらえることに成功。回折に必要な試料サイズは、グラニュー糖1粒 (0.5ミリメートル角)と劇的に小さくなった。
これは、単結晶中性子回折法にとって革命的なことを意味する。研究者は千手を利用することで、これまでより多くの分子の真の形を調べることが可能になるとともに、分子構造への理解が進み、新材料創成などに道を開く可能性を秘めている。