064 ビーム標的の劣化を評価
掲載日:2024年2月27日
加速器施設の安全運転に貢献
精度良く評価
大強度加速器施設の標的は常に高いエネルギーを持つビームにさらされるため、次第に劣化する。日本原子力研究開発機構では実験によりその度合いを把握し、精度良く評価できるモデルを開発した。
1メガワット(メガは100万)という世界最大級強度の性能を持つ大強度陽子加速器施設J-PARCでは、光速の97%の速度となる30億電子ボルト(3 GeV)の陽子ビームで生じた中性子がさまざまな研究に用いられている。
また原子力機構では、J-PARCの30倍の強度を持つ加速器を用いて、高レベル放射性廃棄物の減容と有害度を低減する加速器駆動システム(ADS)の研究を進めている。これらの施設の標的は常にビームにさらされるため、標的の結晶中の原子が正規の格子点からはじき出されることで、損傷が進む。
なお、原子当たりのはじき出し数(dpa)を確率で表したものをはじき出し断面積という。しかし、その断面積の実験データはほとんどなく、特に加速器施設で重要な鉄のデータはこれまでなかった。
このため私たちは、損傷により金属の格子中に電子の流れが阻害され、電気抵抗が高くなるマティーセン則という性質に着目し、J-PARCの陽子ビームを用いてはじき出し断面積を測定した。常温の場合では生成した損傷の大半が熱運動により損傷のない状態に戻る。これを防ぐため冷凍機で4ケルビン(マイナス269度C)に試料を冷却。さらに徹底した外部の熱侵入の防止をした上で、陽子ビームの入射による電気抵抗の増加を観測した。
分子動力学 活用
その結果、鉄に対して世界初のGeV(10億電子ボルト)でのエネルギー領域におけるはじき出し断面積を取得した。測定で得られた断面積を理論計算モデルと比較したところ、これまでの評価に用いられるモデルは、実験の値を約2倍過大評価していることが分かった。そこで、最新の分子動力学法に基づく損傷モデルを計算に組み込んで計算したところ、その結果と実験の測定値がほぼ一致した。
ADS実現前進
この研究により、ADSやJ-PARCの鉄鋼製の標的容器などの加速器施設で使われる材料の損傷を精度良く評価できるようになり、ADSの実現に一歩前進した。今後は欧州原子核研究機構(CERN)で世界最高エネルギー (440 GeV)の陽子を用いた実験を行い、世界中の加速器施設の安定した運転に貢献することを目指す。