059 スピンコントラスト変調法
掲載日:2024年1月16日
中性子・水素スピンで構造解析
核スピンを利用
近年開発される多くの材料は、複数の成分が複雑に絡み合うことで高い機能を発揮する。日本原子力研究開発機構では、中性子と水素原子核のスピンを利用して、複雑に絡みあった材料の構造を解き明かす道を開いた。
可視光の波長よりも小さなナノスケールの構造解析に用いられる電子顕微鏡やX線散乱法は、水素原子の観測を苦手とする。一方、中性子散乱法はその水素原子の観測を得意とする。そのため、中性子散乱法はプラスチック、繊維、洗剤、化粧品などの化学製品や、食品、たんぱく質といった生体物質などの水素を主成分とする材料の構造解析に広く用いられている。
しかしながら、測定対象となる材料が年々複雑化する中、中性子散乱法もその複雑化した構造を解析できるようにアップデートを重ねないと、瞬く間に社会から取り残されてしまう。
そこで原子力機構では、中性子の水素原子に対する散乱が中性子と水素核のスピンの向きによって大きく変化する性質を利用した構造解析法であるスピンコントラスト変調法に着目した。本手法が実証された1990年当時は水素核のスピンの向きをそろえることが大変難しく、その波及効果は極めて限定的だった。
これに対し我々は、2007年にスイスの研究所から当時最先端の核スピン制御技術をJRR-3研究用原子炉中性子散乱施設に導入し、さまざまな試料に対して同実験を行える環境を整えた。
氷の成長を防ぐ
図は、急速凍結したブドウ糖溶液の中性子小角散乱曲線である。一般的な測定法で得られた散乱曲線1本では、構造うんぬん以前に散乱体が何であるかも分からない。
ところがスピンコントラスト変調法を用いると、スピンの向きによる散乱強度の変化に基づいて、きつい傾斜の気泡の散乱に隠れていたゆるい傾斜の氷結晶の散乱を取り出し、その解析からブドウ糖によって成長を阻害された氷結晶の特異な構造を決定した。今後、本測定法を食品や生体組織の凍結保存に用いる凍結防止剤の開発に用いようと考えている。
材料開発に貢献
スピンコントラスト変調法は、これまでたんぱく質のような粒子状物質を測定対象としていた。それに対し、我々は同手法を膜材料の接着や結晶中の水素原子配置の解析にも使えるように改良を重ねてきた。今後も各分野の専門家と協力しながら、スピンコントラスト変調法を通じて幅広い材料開発に貢献したい。