原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

053 放射線に強いセラミックス

掲載日:2023年11月28日

原子力基礎工学研究センター 照射材料工学研究グループ
研究主幹 石川 法人

専門分野は、照射損傷学、放射線物理学。原子力機構が誇るタンデム加速器を使って幅広い条件で高エネルギー粒子線照射実験ができることが強み。照射したセラミックスの微細組織の観察データを蓄積することで、放射線耐性の高い新しい材料を探索し、放射線環境での材料の劣化メカニズムの解明を目指す。

研究成果 多用途に応用

高い自己修復力

セラミックスの中には、高いレベルの放射線で傷ついても、自己修復する能力を持つものがあることが分かった。そのメカニズムの解明が進めば、核燃料としての利用だけでなく宇宙空間などの放射線環境でのセラミックスの利用が広がる可能性がある。

核燃料を構成するウラン酸化物は、セラミックスの一種だ。これは原子炉内で、放射線にさらされる。とりわけ数十メガ電子ボルト(メガは100万)の重粒子線による影響は大きく、セラミックス材料にはその重粒子線粒子が通る飛跡に沿って「まっすぐな傷」が付き、電子顕微鏡ではっきりと観察することができる。この傷の太さは、材料が放射線に強いかどうかの目安になる。

また、傷の太さはすでに理論化されており、事前に正確に予測することができる。ところが特定のセラミックスでは、この予測が大きく外れる例が複数、報告されている。予測よりはるかに細い傷しかできないという例は、普通のセラミックスよりはるかに放射線に強いことを意味する。しかし、その理由については不明のままだった。

戻る原子配列

このため日本原子力研究開発機構では粒子線加速器を利用して、さまざまなセラミックス材料に高エネルギー重粒子線を照射した上で、電子顕微鏡を利用して材料内部の傷を丹念に観察。さらに独自の試料加工法を生かし、多くの微細組織の観察データを蓄積した結果、傷を瞬時に自己修復する機能を持ったセラミックスが存在することが分かった。これらの例では、強い放射線を浴びると、その組織内の原子配列がいったん乱れるものの、すぐに元の状態に戻ることが確認された。

この特定のセラミックスが持つ傷の修復機能は、これまでに想定されていなかった新しい理論となった。なお、この現象が把握できたことにより、放射線に強い頑強な材料を開発する道筋が一気に開けた。

鉱物の年代測定

これらの研究の成果は、核燃料の放射線耐性の評価だけでなく、高レベル放射性廃棄物を地層処分するのに適した安定な地質かどうかを評価する技術としても有効だ。鉱物の中を走る放射線による傷の数を数えることで、鉱物の年代測定ができるからである。また、セラミックスは放射線の敏感なセンサーとしても有望な材料であり、今回の成果はさまざまな新しい応用に広がる可能性を秘めている。