035 水素を高精度に分析
掲載日:2023年7月18日
量子力学用いて計算
あらゆる物質は、原子で構成されている。だから、原子の集団運動を計算すれば、原理的にはすべての物質の性質を知ることが可能だ。一方、水中ではごく一部の水分子がH(水素)とOH(水酸基)になって分離する。これが水の「自己解離」と呼ばれるものである。しかし、このプロセスを計算でとらえようとしても、実験結果と一致しないという問題があった。
原子の謎を解明
このため日本原子力研究開発機構では、水素原子核と電子の性質を、量子力学を用いて計算で求めた結果、実験結果を見事に再現することに成功した。
原子の運動は電子の振る舞いを、量子力学を用いた「第一原理シミュレーション」によって解析し計算できるが、その計算量は膨大なものになる。しかし、近年の計算技術の発達により、これまで知りえなかった物質のミクロな振る舞いが、徐々に解明されてきた。
ところが、最も身近な物質の一つである水の構造を対象にした第一原理シミュレーションによる解析結果は、実験結果と一致しない。この問題は、昔から研究者を悩ませてきた。
長年の課題解決
冒頭に述べた水分子の「自己解離」が起こる確率を従来の第一原理シミュレーションで計算すると、実験値に比べ何ケタも小さくなる。この確率は水の水素イオン指数(pH)と関連しており、この結果を用いると室温での純水のpHは7でなく9になってしまう。
この問題の原因は、水素の扱いにあった。通常の計算では電子を量子力学で扱い、それより重い原子核は計算が簡単な古典力学を用いて計算していた。しかし最も軽い元素である水素は例外で、その原子核も量子力学を用いて解析する必要があることが分かった。
このため私たちは、原子核も量子力学で扱うことができるシミュレーション手法を開発。これを用いて水の自己解離を計算したところ、量子力学の効果によって水素原子の「ゆらぎ」が増強され、自己解離が起こりやすくなることを解明。実験結果を再現することができた。
新しい貯蔵法
今後、水素を利用したカーボンニュートラルエネルギーを活用していく際には、水素を安全に貯蔵する材料が必要となる。そうした材料の開発に本手法を用いれば、材料中の水素原子の動きを高精度に評価できる。今後は、この研究で開発した計算手法は欠かせないものとなろう。