原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

034 核燃料物質の挙動把握

掲載日:2023年7月11日

システム計算科学センター シミュレーション技術開発室
研究員 小林 恵太

専門分野は量子物理学・計算物質科学。現在は第一原理計算と機械学習を駆使し、大型計算機による材料物性の高精度シミュレーションに携わる。核燃料やセメント・粘土材料、機能性材料などの各種原子力材料に対する信頼性が高いシミュレーション技術の開発を目指している。

機械学習使い高精度再現

過酷事故を模擬

原子力発電所での安全設計の要となるのが、核燃料物質の挙動の把握だ。もし過酷事故が起これば、核燃料は高温にさらされる。その時に核燃料がどう振る舞うかを把握することは安全上、重要な課題だ。日本原子力研究開発機構では、この時の核燃料の挙動シミュレーションに機械学習を取り入れることで、迅速かつ高精度にこれを再現することに成功した。

原子力発電所で過酷事故が起こると、核燃料は2000度Cを超える高温になる場合がある。そのような時の核燃料の詳細な挙動データを蓄積することは、安全性向上のために必須だ。しかし、核燃料を高温にする実験は、簡単にはできない。

とはいえ、これに関する数少ない実験データはある。このため従来は、そのデータを二つのシミュレーション手法で補うことが試みられてきた。「分子動力学」と「第一原理計算」が、それである。

分子動力学は、原子間に働く力をモデル化し、原子一つひとつの運動を追うことで、物質の性質を評価するもの。多数の原子を用いることで、高温での解析が可能となるが、原子間の力のモデルの信頼性が課題だった。 

一方の第一原理計算は、電子に対して量子力学を用いるもの。信頼性は高いが、計算に膨大な時間がかかる。さらに少数の原子しか扱えず、高温での性質を評価するのが難しかった。

信頼・速度両立

このため原子力機構では、信頼性と計算速度の両立を目指し、近年開発された「機械学習分子動力学」に注目した。信頼性の高い第一原理計算の結果を学習し、分子動力学計算を高速で行えば、両者の短所を克服できる。

私たちはこの手法を用いて、核燃料物質の高温での性質の予測に挑戦した。対象としたのは、次世代核燃料として注目されている酸化トリウム。第一原理計算で作成した小規模なデータに、機械学習分子動力学を用いて大規模計算を実施した結果、短い計算時間で信頼性の高い熱的性質(比熱、融点など)を評価することに成功した。核燃料物質のさまざまな性質を高精度かつ高速に再現できたのは、これが初めての例だ。

大きな変革

この手法は、ウラン燃料やウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料への適用のほかに、さまざまな物質にも応用できる。さらにこの方法は、物質・材料科学全体にも大きな変革をもたらす可能性を秘める。