原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

018 続・JRR-3 中性子ビーム

掲載日:2023年3月21日

研究炉加速器技術部 利用施設管理課
課長 中村 剛実

臨界安全に関する研究、ホウ素中性子捕捉療法の技術開発や照射手法の開発、小型中性子検出器の実用化のための研究開発を行ってきた。また、研究用原子炉JRR-4の運転も経験し、これらの知見を生かしてJRR-3利用設備の管理だけでなく、利用ニーズを踏まえた設備の高度化についても取り組んでいる。

インフラ性能向上に革新

導管で反射率増

前回に続き、原子力機構の研究炉JRR-3での冷中性子ビームを用いた成果を紹介する。

冷中性子は、原子炉で発生した熱中性子を減速して、5ミリ電子ボルト(meV)以下の低いエネルギーにしたものだ。なお、震災前のJRR-3は米国NBSR研究炉と比べると、冷中性子源の生成効率が低かった。

このためJRR-3では、中性子ビームを取出すための最適化改良を実施。これにより世界有数の研究炉として生まれ変わり、国内外の研究者に利用されている。

性能向上のカギとなったのが、中性子導管の設置だ。原子炉で発生した熱中性子は減速材を経て冷中性子となり、原子炉の外に通じるビーム孔から中性子導管を通ってビーム実験装置へ導かれる。その導管に入射した中性子を反射して実験装置へ導くためにこれまではニッケル(Ni)ミラーが使われていた。これをNi/チタン(Ti)多層膜スーパーミラーに更新することで、広い波長範囲をカバーするとともに反射率を向上させた。

強度約2.5倍に

なおJRR-3は震災後に新規制基準に適合させるために原子炉が長期間停止したため、この機会を生かし冷中性子導管を更新する工事を実施。運転再開後に冷中性子束を測定したところ、強度が約2.5倍増強されたことを確認した。

冷中性子ビーム強度が増強したことにより、建屋内の中性子バックグラウンド(BG)が増加した。身体被ばくには全く影響ないレベルだが、高精度の分解能を要求される実験装置では、測定した信号が中性子BGによるノイズで埋もれてしまう問題があったため、遮蔽対策と検証測定を何度も繰り返すことで中性子BGを約70%低減し、環境影響を低減するとともにノイズの問題もクリアした。

社会実装目指す

JRR-3では社会への実装化を目指した研究が進んでいる。中性子の透過力をいかした研究では、駆動中のエンジン内部の潤滑油の様子を可視化して摩擦損失を解析し、低燃費化を加速した。

分子構造の解析ではエイズウイルス(HIV)プロテアーゼに含まれる水素原子の存在を明らかにすることでエイズ治療薬の開発に貢献した。鉄鋼材料では水素脆化の原因を突き止めることで、超高強度鋼板の開発の道を開いた。

JRR-3は私たちの身近な製品開発をはじめとして、社会インフラの性能向上にイノベーションをもたらしつつある。