原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

017 JRR-3中性子ビーム

掲載日:2023年3月14日

原子力科学研究所 研究炉加速器技術部 JRR-3管理課
課長 荒木 正明

国内最大級の定常中性子源である研究用原子炉JRR-3の運転保守に従事してきた。東日本大震災後に制定された新規制基準適合に関する規制当局との6年以上に及ぶ審査と検査全般に関わった。安全かつ安定的な運転を継続し、JRR-3の利用者に世界に冠たる成果を生み出してもらうべく取り組んでいる。

物質内分子の動き把握

「研究炉」

今回、紹介するJRR-3は「研究炉」だ。「原発」が核分裂反応の熱エネルギーを利用するのに対し、「研究炉」は核分裂反応で生じる中性子を利用してさまざまな研究を行う実験施設である。

中性子は、物質に対する透過力が高いため、壊さずに物質の中の様子を見ることができる。また、水素のような軽い元素では原子核と相互作用するので、有機物や水素を含む物質を分析することができる。

JRR-3では、炉心に試料を挿入して行う照射利用のほか、中性子をビームとして使用した各種実験が行われており、利用目的に適した中性子を発生させることができる。

冷中性子

そんな中性子の一つである冷中性子は、原子炉で発生した熱中性子を液体水素で減速してごく低いエネルギーにしたものだ。これは粒子と波の両方の性質をもつため、X線では得られない物質内での原子や分子の動きを観測して、生体高分子の動的挙動を調べることができる。

この冷中性子の発生装置をもつ研究炉は、世界でも数えるほどしかない。JRR-3ではこの装置を使って、たんぱく質の構造解析や医薬品の開発が行われている。

そのほかに中性子照射によって原子核を別の原子核に変える核変換を利用した医療用や工業用のラジオアイソトープの製造、照射による発電用原子炉材料への影響評価、中性子を使ったレントゲンのように機械部品の内部構造や構造物中の水の分布や移動を調べる中性子ラジオグラフィーなどの研究が行われている。

先端基礎に貢献

さらに近年では中性子ビームを用いた測定により、次世代磁気記憶材料の開発、全固体リチウムイオン電池の研究、小惑星「リュウグウ」の試料分析など、産業技術の高度化や先端基礎科学に貢献している。

JRR-3は東日本大震災で被災した後の耐震改修工事や設備機器の更新などを経て、2021年2月に運転を再開した。運転停止の間、多くの利用者が国内外の他の施設を利用せざるを得なかったが、運転再開により、JRR-3の利用者は既に震災前と同水準に戻り、期待の高さをうかがわせている。この施設では学術研究から産業利用まで幅広い研究に対応可能だ。その成果は私たちの身近な製品開発や、さまざまなイノベーション創出をもたらしている。