原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

009 シリコン酸化膜

掲載日:2023年1月17日

物質科学研究センター エネルギー材料研究グループ
博士研究員 津田 泰孝

専門は放射光を用いたX線光電子分光法による表面反応分析。材料の腐食防止や触媒反応、新規物質創製などの応用を見据え、高輝度・高分解能の放射光を生かしたその場観察により表面化学反応の素過程を探索している。今回の実験では特に、放射光実験の立案と実施に創意工夫を凝らした。

半導体性能向上に貢献

成長機構 解明

電子機器の制御に欠かせない半導体。これからのデジタル化の進展にも欠かせない存在だ。その処理性能向上のカギを握るのが、集積回路の高密度化と微細化である。世界的な半導体の供給不足をうけて、日本でも生産の国内回帰への動きが進む。国内8社が2022年8月に設立したRapidus(ラピダス、東京都千代田区)は2ナノ㍍(ナノは10億分の1)以下という、世界でも実用化されていない回路幅を持った高性能の半導体量産を目指している。

しかし、回路を構成するシリコン酸化膜を作るとき、結晶構造にあるべき原子が抜けた「欠陥」が生じることがある。ナノレベルでの回路幅を達成するためには、酸化を制御し、欠陥を少なくすることが必須条件だ。

このため私たちはSPring-8の放射光(加速器により生み出される極めて明るいX線)を利用して調べた結果、シリコン酸化膜が成長するメカニズムを解明した。

この成果は、ナノレベルの回路幅実用化への道を開くとともに、半導体の省電力化と信頼性向上に大きく貢献することが期待される。

反応過程 観察

半導体で集積回路を作るための重要なプロセスが、シリコン表面を酸素ガスに曝し、酸化物を形成することだ。この時シリコン基板と酸化物との界面の原子配列に、あるべき原子がない欠陥ができることがある。これがあると消費電力の増加や誤動作などを引き起こしてしまう。けれども、欠陥の発生に関わる酸化のメカニズムは未解明のままだった。

そこで私たちは、シリコン試料を酸素ガスに曝し、表面にSPring-8のX線を照射して、酸化物生成過程を調査。その際に試料から放出される光電子の速度を分析することで、酸化反応が進む過程を観察することをめざした。

欠陥を消滅

しかし、反応をリアルタイムで観察することは難しく、私たちはガス圧力の自動制御や加熱清浄化処理後の試料冷却の高速化など、数年にわたる装置改良によってこれを実現。その結果、表面に生成した酸化物と基板シリコン界面の欠陥にキャリア(電子、正孔)が供給されて反応活性となった後、酸素が反応するというメカニズムを明らかにした。

この成果を応用すれば、欠陥を消滅させながら酸化膜を作製することや、電流リークが起こりにくい材料を利用したデバイス作製など、高密度集積化する将来の半導体の製造を支える柱となることが期待できる。