原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

006 第3相出現 仕組み解明

掲載日:2022年12月20日

物質科学研究センター 階層構造研究グループ
研究主幹 元川 竜平

中性子線は、様々な研究分野のイノベーション創出を支えるツールとして学術・産業界を問わず利用拡大が進んでいる。中性子源として国内最大の研究用原子炉(JRR-3)を原子力科学研究の世界的な拠点にすることを目指し、日々、仲間とともに切磋琢磨(せっさたくま)し刺激の多い環境を楽しんでいる。

溶媒抽出法

資源エネ貢献

いろいろなものが溶け込んだ水溶液に特殊な溶媒を接触させて、特定の物質を抽出する-これが溶媒抽出法だ。この方法は原子力分野では広く応用されている。再処理では硝酸で溶かした使用済み燃料に有機溶媒を混ぜることで、ウランとプルトニウムが溶媒(有機相)に取り込まれ、核分裂生成物は水溶液(水相)に残ることで分離できる。さらにこの技術は、都市鉱山からレアアースや白金族の回収・リサイクルにも利用できるため、資源エネルギー問題に貢献する基幹技術としても注目されている。

使用済核燃料の溶媒抽出プロセスでは、有機相と水相のほかに、金属イオンを多量に含む重い油相(第三相)が出現することがある。この第三相は臨界安全上の問題を引き起こしかねないが、そのメカニズムは未解明のままだった。このため現状は、有機相中の金属イオン濃度を制限するという対症療法的な対策に留まっていた。

高次凝集体形成

再処理だけでなく、溶媒抽出を採用する製錬でも起こるこの現象を私が初めて見たとき、サラダドレッシングの二相分離など、界面活性剤/水/油の混合液による物理現象と近いと直感したことを記憶している。その思いをもとに私はミクロな溶液状態の観察に中性子線を用い、有機相内の原子・分子の状態を明らかにする研究を開始。当初は日本原子力研究開発機構の中性子散乱施設で行い、途中からは米国のオークリッジやアルゴンヌ国立研究所の協力を得て、日米の施設で実験を進めた。

これまで、再処理での有機相中の金属イオンは、逆ミセルと呼ばれる小さな液滴に閉じ込められると推測されていたが、このモデルではデータと整合性がとれなかった。その後、計算機シミュレーションを専門にするマンチェスター大学のマスターズ教授と共同で原子・分子間に働く力を整理した結果、ウランやプルトニウムはナノサイズの1次凝集体をつくり、それらが集合した高次凝集体を形成することを発見した。そして、この凝集体が崩壊してバラバラになる時に第三相が生成されることを科学的に立証した。

中性子散乱研究

従来の推測を刷新したこの成果は、再処理溶液内の状態について世界中の研究者に新しいビジョンを与えた。この新発見を軸に、現在、再処理や資源リサイクル技術の高度化に向けた最先端の中性子散乱研究が原子力機構を中心に繰り広げられている。