原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

003 燃料電池の電極触媒

掲載日:2022年11月29日

物質科学研究センター エネルギー材料研究グループ
研究主幹 松村 大樹

専門分野は放射光を用いたX線吸収分光。電極触媒などの機能性材料がどのようにして機能を発揮するかというメカニズムの解明に取り組んでいる。放射光を駆使し、材料がその性能を発揮する真の要因を見出すことが狙いだ。材料の性能向上は、その材料の構造や電子状態を深く知ることがカギを握ると信じている。

放射光で解明、性能向上

白金の大幅減

日本では2030年代に、ガソリン車の販売が禁止される。それに代わって主力になると見られているのが、燃料電池車だ。しかし、その燃料電池の電極触媒は、高価な白金を多量に必要とする。このため日本原子力研究開発機構などは、触媒が働くメカニズムの一部を解明し、イオンビームを照射することで性能を2倍に向上させた。解明がさらに進めば、燃料電池車に使用される白金の量を格段に減らすことができる。

燃料電池車は水素と酸素の化学反応によって発電した電気を使ってモーターを回す。走行時には二酸化炭素(CO2)を排出しない。輸送部門における低炭素社会の実現に向けた切り札の一つだ。

その化学反応を促すのが電極触媒で、土台となる炭素の表面に白金微粒子を付着させて作る。なお、原子力機構は量子科学技術研究開発機構と協力して、その炭素に事前にイオンビームを照射することで土台となる炭素に欠陥を生成させ、触媒性能を向上させることに成功した。しかし、その詳しいメカニズム自体は不明のままだった。

酸化抑える

このため私たちは、兵庫県佐用町にある世界最大の放射光施設SPring-8を利用して、イオンビームが電極触媒に与える真の要因を探った。放射光とは極めて明るいX線である。原子がX線を吸収することで電子の波を生み出し、それが隣接原子に散乱され干渉効果を起こす様子を観測することで原子の構造を理解できる仕組みだ。

イオンビームを照射した触媒材料を放射光X線で調べたところ、照射が白金の酸化を抑制することを突き止めた。一方、炭素への照射は炭素と白金との電子のやりとりを増大させることを見いだした。つまり、イオンビームは炭素の土台に分子レベルで穴を開け、それによって炭素と白金との間の電子のやりとりが活発化されて白金の酸化を抑制し、触媒性能の向上をもたらすというメカニズムを明らかにした。

脱炭素車 間近に

現在は、極めて明るいX線という放射光の特徴を活かし、触媒反応中における白金の構造変化を調べている。さらなる性能向上が進めば、燃料電池に使われる白金量は現在より格段に少なくなり、コストの大幅な削減につながる。二酸化炭素を全く排出しない自動車が走りまわる世界が、間近に迫っている。