原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

002 「リュウグウ」試料

掲載日:2022年11月22日

物質科学研究センター 階層構造研究グループ
研究主幹 大澤 崇人

東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は地球惑星科学、分析科学、オートメーション工学。研究炉JRR-3に設置されている即発γ線分析装置の装置担当者。現在はミュオンを用いた3次元元素分析装置を開発中。近年は特許の製品化や、企業への技術コンサルティングなど、産業利用にも力を入れている。

素粒子で大気触れず分析

実験装置開発

小惑星探査機「はやぶさ」が60億キロメートルの旅を終え、小惑星「イトカワ」から帰還したのは2010年6月。7年に及ぶ苦難の航海の末に奇跡の帰還を果たし、大気圏突入で流星となって燃え尽きたその姿は記憶に新しい。

それから10年後の20年12月。「はやぶさ2」が地球に帰還し、小惑星「リュウグウ」から信じられないほど多量の石(砂ではない!)を送り届けてくれた。

一方、日本原子力研究開発機構(JAEA)では大強度陽子加速器施設J-PARCで、ミュオンという素粒子を使って、リュウグウの石の元素を分析する大実験に取り組んでいた。最初の難関は、地球物質の汚染が全くないこの試料を、地球大気に接触させずに分析できる装置を作ることだった。そのための仕様が固まったのが20年10月。それから2カ月後に何とか装置を完成させたものの、さらに試料がごく微量でもそのシグナルを得ることができる改造が必要になった。それができなければ、これまでの努力が水の泡となる。

地球物質に汚染

私は2カ月にわたって装置の内壁に銅板を貼り付ける繊細な作業を続け、21年6月からのリュウグウ試料分析開始に間に合わせることができた。こんなタイトで苛烈な体験はもう、二度としたくないと思った。

しかし、この実験で我々は、最高のデータを得た。私たちはわずか0.1グラムしかないリュウグウの試料を非破壊でミュオン分析することにより、その平均的元素組成が、最も始原的な物質であると言われていた隕石と近い組成であることを確認した。ただし、酸素含有量だけは明らかに少ない。これは、地球に落ちた隕石が地球物質の汚染を受けていた可能性を示している。

非破壊で定量化

ミュオンを用いた元素分析法は、J-PARCにおいて世界に先駆けて開発してきた新しい分析手法だ。生命の材料である炭素や窒素などの分析が難しい軽い元素を、非破壊で定量化できる。この手法を使えば昔の小判や青銅鏡に含まれる元素の組成と深度まで分析できる。

この装置は現在、J-PARC MLF玄関に展示されている。そして私は今、中性子を用いたリュウグウ試料の即発γ線分析を行っている。ミュオンでは分析できない水素などの元素濃度を精密に決定できるからだ。新たな発見はさらに続きそうだ。