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第24回 「OECD/NEAの国際原子力緊急時対応演習(INEX)について〜概要〜」(平成27年6月)

 第14回の「原子力防災情報」 でIAEAの国際緊急時対応演習(ConvEx)について紹介しました。今回は経済協力開発機構(OECD :Organisation for Economic Co-operation and Development)の原子力機関(NEA:Nuclear Energy Agency)が開催している国際原子力緊急時対応演習(INEX:International Nuclear Emergency Exercise)について紹介します。
 INEXに関しては、2015年5月5日に日本がINEX-5に参加することを正式に表明したことが報じられています。[1] しかし、日本においては原子力防災関係者の間でもINEXはあまり知られていません。そこで、第24回「原子力防災情報」はまずINEXの全体について概要を紹介します。
INEXの紹介をする前に、OECD/ NEAの原子力緊急事態に関する専門家組織とNEAの演習における原子力緊急時の事態推移の考え方について簡単に説明しておきます。

1.OECD/ NEAの原子力緊急事態に関する専門家組織

 OECD/NEAは,安全なエネルギーとしての原子力の開発を進めるため、加盟国政府間の協力を促進し、行政や規制に係る共通した問題の検討を行っています。原子力の開発において、NEAが放射線防護やそれに関連した環境問題に関する分野の活動を行うために設置した原子力の安全に係る委員会のひとつに放射線防護・公衆衛生委員会(CRPPH:Committee on Radiation Protection and Public Health)があります。このCRPPHは、原子力及びRIの利用に関するICRPの防護基準の実務上の適用等に関する検討を中心に行う専門家の委員会ですが、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故以降は原子力事故や災害に関する対策についても検討範囲を拡げています。原子力事故や災害に関する対策というやや特殊な分野における実務的な課題を検討するため、CRPPHは原子力緊急事態作業部会(WPNEM:Working Party on Nuclear Emergency Matters)を設置し、各国の原子力防災の専門家を招集して、NEA加盟国の包括的な放射線緊急事態を含む原子力緊急事態時のマネジメントの仕組みの向上及び国際的な対策やその課題の解決を目的とした専門的な検討を行っています。
 IAEAが、原子力安全や原子力事故における早期通報等に関する条約を基に、各締約国の原子力安全等に係る体制や対応を検査や確認を行い、その維持・向上を目指しているのに対し、NEAは、安全な原子力の開発や推進の観点から、IAEAの条約やICRPの基準の運用や原子力事故・災害対策に関する加盟国の対応について実務的な面においての向上を目指していると考えられます。
 NEAのINEXは、CRPPHの下に設置された専門家組織、WPNEMにおいて企画、実施されています。[2]

2.NEAの演習における原子力緊急時の推移の考え方

 原子力事故や原子力災害の対策は、時間的な推移で区分し、検討されるのが一般的です。NEAは、INEXを企画、実施、評価するに当たり、チェルノブイリ原子力発電所事故において特に原子力事故発生直後から原子力災害対策の初期に国内外の対応に係る問題が最も多くの発生したことを踏まえ、事故等の発生から対策を実施するまでの対応段階(Response)に重点を置き、原子力緊急時の推移をより詳しく記述するため、緊急事態の推移に関する区分をより細分化しています。例として、表1にこの NEA独自の区分を日本やIAEAの考え方と比較して示します。

表1.原子力緊急時の推移に関する区分の考え方の比較


 日本の原子力規制委員会の原子力災害対策指針は、緊急事態をその対応の状況から、平時における防災計画等や資機材の整備、教育・訓練等を実施しておく「準備段階」と事故や災害の発生から放射線被ばくによる確定的影響を回避するとともに、確率的影響のリスクを最小限に抑えるため、迅速な防護措置等の対応を行う「初期対応段階」、放射性物質又は放射線の影響を適切に管理し、初期対応段階で実施した防護措置の変更・解除や長期にわたる防護措置の検討を行う「中期対応段階」、被災した地域に対し通常の社会的・経済的活動への復帰の支援を行う「復旧段階」に区分しています。
 IAEAの安全基準では、平時の段階を緊急事態に対する「準備段階(Preparedness)」とし、事故発生し、対策を講じる段階を「対応段階(Response)」と呼んでいます。IAEAの安全基準では、原子力災害対策指針の「復旧段階」に当たる時期は「対応段階(Response)」の中で扱われています。[3]
 NEAの原子力緊急時の推移の区分は、後述するINEXを理解する上で前提となる概念なので、上記の例と比較しながら説明します。[2]
 NEAのINEXにおいては、まず平時を緊急事態に対する準備段階(Preparedness)とし、事前計画を整備しておく時期(Planning Stage)と位置付けています。これについては、日本の原子力災害対策指針の「準備段階」に相当する時期であり、一般的な考え方と違いはありません。
 しかし、事故等の発生から対策を実施する対応段階(Response)は、より細かく区分します。つまり、当該事象(Event)が発生し初動対応がなされる時期(Response Initiation)から事故影響を最小に抑えるための応急措置などの危機対応を行う時期(Crisis Management)までを初期(Early)、周囲に及んだ事故の影響範囲を特定し、その範囲に対し必要な対策を講じる被害対策(Consequence Management)を行う時期から当該事象が沈静化され、もはやその影響が拡大する恐れがないと判断されて復旧作業へ移行する時期(Transition to Recovery)を合せて中期(Intermediate)とします。この初期と中期を合わせて対応段階と定義し、この間の当該事象に起因する公衆の被ばくを、ICRP の定義に基づき、緊急時被ばく状況に当たるとしています。すなわち、NEAの対応段階の区分は、日本の原子力災害対策指針の初期対応段階と中期対応段階と概ね一致していますが、さらにもう一段階、細分化していることが分かります。
 次の復旧作業(Recovery)が始まる時期から長期的な復旧・復興作業(Long-term Rehabilitation)が行われる時期を復旧段階(Recovery)あるいは後期(Late)とし、この段階の当該事象に起因する公衆の被ばくを現存被ばく状況に当たるとしています。避難した住民の帰還等はこの後期に実施されます。この復旧段階は、いわゆる事後対策と呼ばれていた時期であり、原子力災害対策指針の「復旧段階」に相当しています。
 INEX をはじめ、NEAで行われている原子力緊急事態対策に関する検討や議論では、その範囲を平時の準備段階から緊急事態発生時の初期及び中期に亘る対応段階の対策に絞り込んでいる点が特徴です。結果として、緊急時対応の後期に属する災害からの復旧や復興については検討されていません。

3.INEXの概要

 NEAは、IAEAの条約やICRPの基準の運用を考慮しながらNEA加盟国が原子力緊急事態時のマネジメントの仕組みを構築し、改善を図っていくために、特に国際的な対策や支援に関する実務的な問題を包括的に摘出し、検討の課題を浮かび上がらせる方法として国際的な原子力緊急事態に対応するための演習、すなわちINEXを開発してきました。INEXは、その目的に応じて適切な演習の方法が検討され、実施結果の集約についても実施されるたびに改良されているため、決まった演習の形はなく、後述するように多様性に富んでいます。ここではINEX全体を理解していただくために、過去に実施されたINEXを基に演習方法等に関して概ね共通した点をまとめて紹介します。

共通した演習目的と演習シナリオ

 このINEXは、まずNEAのCRPPHが、各国の原子力災害対応及び国際社会の対応について行うべき包括的な調査と把握すべき事項を絞り込み、それに基づいてINEXの共通演習目的や重点分野を設定します。WPNEMのINEX事務局は、この共通演習目的や重点分野について加盟国内あるいは加盟国間における対応状況や考え方を演習という形を通して調査するために、それに適した演習のシチュエーションや演習の骨格となる事象シナリオを作成します。INEX事務局が演習実施後にその調査事項を各国横断的に比較分析できるようにするため、演習参加国には原則としてこの共通のシチュエーション設定と事象シナリオの内容を変更することなく演習を実施することが求められ、各参加国の法令や実情に即した修正だけが許されています。

実動は伴わない演習方法

 また、INEXは、共通演習目的や重点分野に関して、原子力緊急事態において加盟国内あるいは加盟国間が直面する可能性がある課題や困難を包括的に摘出することを主目的とした試行的演習の意味合いが強く、災害現地の活動の実効性よりも対策本部における実務的な意思決定や国際的な対策や支援に関する判断といった問題に注目しているので、基本的に実動を伴う演習を実施する必要はありません。そのため、参加国が自国の原子力防災訓練と同時に実施すると判断しない限り、指揮所(対策本部)演習や(議論を主体とした)机上演習といった方法で実施されます。また、参加国が一斉に同一の日時で実施するわけではなく、あらかじめ決められた半年ほどの実施期間の枠があるだけなので、参加国はその期間枠内でそれぞれの事情に合わせて演習の実施日(概ね1日)を決めることができます。このような演習の特徴から、各国でそれぞれ実施されるINEXは分散しており、個々の演習動員規模は、国際原子力緊急時対応演習という名称とは裏腹に、数十人程度の非常に小さなものです。

各参加国からの演習結果の集約

 INEXは、試行的演習をとおして加盟国内あるいは加盟国間で発生した共通演習目的や重点分野に係る様々な問題とその解決に至る判断までのプロセスについて、演習実施後に各国横断的な比較分析を実施します。そのため、演習中に行われたすべての相談や議論、通報連絡については、内容及びその結果について詳細に記録を残さなければなりません。演習終了後、参加国はこの記録を基に、WPNEMのINEX事務局が予め作成した詳細な質問票に結果をまとめます。参加国の質問票回答書は、WPNEMの専門家グループにおいて分析され、個々の国の緊急時対応能力ではなく、国際的に共通した課題や良好事例を得られた知見として取りまとめ、国際的な原子力緊急事態対応や各国内の原子力緊急事態における応急措置のあり方等に関する包括的な検討に供されます。その結果は、WPNEMの提言としてNEAから公開されます。

他の防災訓練との違い

 前述のように、INEXは、IAEAが実施しているConvExのように原子力事故関連2条約の履行に係る各締約国や締約国間における原子力緊急事態マネジメントの実施体制や防災担当機関の機能、国際間の連携を確認・維持するために行われる演習とは性格の全く異なった演習です。ConvExでは、参加国とIAEAの連携に重点があり、同時刻に世界中で一斉に実施され、現地活動に係る実動演習を含み、ほぼリアルタイムで演習が進行されます。しかし、INEXでは、前述したように、このような方法では行われません。(演習途中でシナリオ上の事象の推移が省略されたり、ジャンプしたりすることも度々あります。)
 また、各国で実施されている原子力防災訓練のように原子力緊急事態の応急対策の手順等を総合的に確認するといった要素はほとんど無く、応用問題のように法令やマニュアルに照らして適切と考えられる対応手順を参加者が協力して考え出さなければならないということも大きな特徴です。実際にINEX事務局の作成した演習のガイドによれば、INEXの参加者は、自国の原子力緊急時における各分野の応急対策や通報連絡の規則や要領等にあらかじめ習熟していることが求められています。

4.過去のINEX、現在のINEX

 NEAがINEXを開催するようになったのは、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故が契機となっています。チェルノブイリ原子力発電所事故によって、それまで各国が国ごとに進めていた原子力緊急事態の対策では対処し切れない国境を越えて及ぶ事故影響への対策及び国際的な対応の仕組みの必要性が国際的に認識され、NEAにおいてもそのような検討がなされました。その結果、NEAは、 1993年に国境を越えて事故の影響が及ぶことを想定した世界で初めての国際的な演習となったINEX1を実施しました。それ以降、INEXはこれまでに5回実施されており、通常実施された順番に従ってそれぞれINEX1〜INEX4及びINEX2000と称されています。また、現在、2015年9月〜2016年6月の期間に各参加国で実施が予定されている6回目の演習、INEX5が準備されているところです。表2にINEX1〜INEX5までの概要を示します。
 INEXは毎回異なる角度から原子力緊急事態で発生する課題を洗い出し、その対策を策定するための重要な基本的知見や良好事例を提供するとともに、国内および国家間の原子力緊急時の対応の改善に係る提言につなげています。4回目以降のINEXでは、原子力施設における事故だけでなく、都市部において爆弾テロのような悪意に基づく放射性物質の拡散事象を演習の想定に入れるようになっています。また、現在計画中のINEX5は、東京電力㈱福島第一原子力発電所事故を受け、原子力発電所事故の応急対策中に大きな自然災害が発生し、原子力災害に至る状況を想定したものです。
 表2において、2000年に実施されたINEX2000だけは、呼称も含めて例外的なINEXであることが分かります。INEX2000は、NEAが2000年の仏国の原子力総合防災演習を利用して、INEX1及びINEX2で得られた成果を実践的に確認するため、実動を伴った演習において例外的に実施したものです。
 なお、IAEAも同時に、この仏国の演習を利用して、初めての原子力事故関連2条約に関する国際演習を実施しています。このIAEAの国際演習は、後に条約に係る演習であることからConvExと称されるようになりました。また、INEXの演習の呼称に付加された番号が実施された順序を表すのに対して、IAEAのConvExに付加された番号は演習の規模を表しています。(第14回の「原子力防災情報」を参照。)

表2.OECD/NEAの国際原子力緊急時演習(INEX)の概要


 日本は、INEX1〜INEX2000まで参加し、INEX3及びINEX 4は不参加でした。
 東京電力㈱福島第一原子力発電所事故を受けて防災基本計画の見直しや原子力災害対策指針等の整備が図られるなど、日本の原子力災害対策は以前に比べてより強化されていますが、INEX-5に参加することによってさらに実務上の改良点や隠れた脆弱性を見つけ、一層の強化を図る契機になることが期待されます。

参考資料
[1] OECD日本政府代表部:“福山内閣府・環境大臣政務官のOECD/NEA訪問”、2015年5月5日ニュース、
[2] OECD/NEA:“Working Party on Nuclear Emergency Matters (WPNEM)”Webサイト、
[3] IAEA:"Preparedness and Response for a Nuclear or Radiological Emergency", GS-R-2(2002)
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