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第18回 「海外で発生した原子力災害に対する緊急時対応 〜アジア諸国の対応を参考に〜」(平成26年9月)

2011年3月11日以降に発生した東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、「福島第一原発事故」と記します)の影響により、日本中、特に、東北地方及び関東地方ではその対応に追われていました。このこともあり、諸外国における福島第一原発事故への対応については、日本ではあまり伝えられてきませんでした。ここでは、当センターの国際協力活動で縁のある近隣アジア諸国やIAEAにおける福島第一原発事故への対応の一端をご紹介し、これらの対応を参考に我が国の準備状況について考えてみます。

情報収集

福島第一原発事故が起きた当初から、IAEAは積極的に情報収集活動を開始し、事故・緊急時センター(IEC)を中心にして、日本人職員を連絡役として東京の原子力安全・保安院(現在は原子力規制庁)に派遣したり、日本語/英語の翻訳等を行って、IAEAと日本の情報共有に努めていました[1]。アジア諸国では、そのIAEAからの情報を頼りにしていました。

福島第一原発事故後に改訂された国の「原子力災害対策マニュアル」[2]では、原子力災害対策本部事務局の機能班として新たに国際班を設置することにしました。同マニュアルによると、「国際班は、海外への情報提供及び海外からの支援に係る調整等を行う」となっています。このため、もし日本で再び原子力災害が起きた場合には、海外への情報提供はよりスムーズに進められると予想されます。2014年6月に実施されたカナダの原子力防災演習では、IAEAも巻き込んで実施したとのことなので、日本でも国際班の訓練の実効性を高めるためIAEAに協力してもらうことも可能かも知れません。

一方、海外で福島第一原発事故並みの原子力災害が起きたときはどうでしょうか。事態に応じて、「緊急事態に対する政府の初動対処体制について(平成15年11月21日閣議決定)」[3]に基づく政府の初動対応が行われます。内閣に設置された放射能対策連絡会議で放射能対策に関する諸問題について協議・決定することになります。この連絡会議では、「国外における原子力関係事象発生時の対応要領」[4]も平成17年に定めています。なお、北朝鮮核実験発表に伴う対応措置が近年の放射能対策連絡会議の主な対応例となっていますが、実際の影響が日本あるいは在外邦人に及んだときには、より広範囲な対策が必要になるでしょう。

海外で原子力災害が起きたときに、日本でその詳細な情報がなかなか得られない状況も考えられます。政府としては外務省が海外情報の収集については第一義的な役割を担うのですが、往々にして得られる情報は限られます。日本の周辺に関しては、日中韓上級規制者会合で決められた原子力事象・事故及び防災対応に関する原子力規制当局間の情報交換活動[5] が効果的に実施されば、有力な情報源となるでしょう。いずれにせよ、海外とは普段からできるだけ多くのチャンネルを確保すること、さらに、得られた情報を共有するしくみを作ることが重要になると考えられます。

メディア対応

福島第一原発事故に関する情報が得にくい状況にあって、アジア各国の原子力関係者は、事故の状況とその自国への影響についてマスメディア等を通じて説明を求められて大変だったことが報告されています。例えば、フィリピンでは原子力研究所の所長及び幹部職員は、テレビ取材を48回受けたそうです[6]。

このこともあって、アジア地域の原子力安全に関する情報を共有する等の目的で設置されているIAEAのアジア原子力安全ネットワーク(ANSN)(ANSNのウェブサイト参照)は、2012年に広報専門部会(CTG:Topical Group on Communication)を新設しました。緊急時の広報対応もその活動の中に含まれています。

IAEAは「原子力あるいは放射線緊急時における広報に関する手引書」を2012年に作成し、英語版のほかアラビア語、中国語、フランス語、ロシア語、スペイン語で出版しています[7]。日本語に翻訳されたIAEAの資料としては、IAEA-TECDOC-1162の翻訳が「放射線緊急事態時の評価および対応のための一般的手順」(NIRS-M-183)[8]として放射線医学総合研究所から公開されており、その「付属文書Ⅶ:マスコミおよび公衆との情報伝達」は重要事項を短くまとめています。

前述の「国外における原子力関係事象発生時の対応要領」[4]によると、我が国では、政府全体又は放射能対策連絡会議の広報は内閣官房副長官補室が対応し、個別の広報は担当府省庁が対応することになっています。

電話相談

福島第一原発事故の際には、近隣諸国においても国民の不安が高まり、放射線影響に関する電話相談窓口を設けた国もありました。例えば、韓国緊急被ばくセンターでは、福島第一原発事故において、24時間体制で電話相談に応じました[9]。相談件数は、1,523件に上ったとのことです。

我が国では、福島第一原発事故に対しては、旧原子力・安全保安院、文部科学省(原子力機構等)、放医研などが放射線に関する相談窓口を設けました[10]。海外で原子力災害が起きた際にも、このような仕組みを活用して日本国民の不安に対応することになるかも知れません。

帰国者・航空機等の放射線測定

原子力災害が海外の国で起きると、場合によっては、その国を訪れている日本人の安全確保のため、急遽帰国を勧告する事態も予想されます。東日本大震災の際には、福島第一原発事故が起きたことにより、マレーシア、タイなどでは帰国者の放射線測定(スクリーニング)を実施しました。また、帰国者ばかりではなく、航空機の乗組員や機体の放射線測定も行われました。航空機の機体では、車輪とフィルタでヨウ素131による汚染が見つかったことが報告されています。この結果は、福島県内の警戒区域から持ち出された自動車における、タイヤ、ワイパー、ラジエータ、エアフィルタ周辺の放射線レベルが他の箇所より高いとの報告[11]とも整合しており、空港における航空機の放射線測定を効率化よく実施する上では有益な情報です。

なお、港湾での船舶及び積荷の放射線測定も必要になりますが、これについては国土交通省海事局検査測度課がまとめた「港湾における船舶の放射線測定のためのガイドライン」[12] が参考になります。

環境放射線モニタリング

近隣国で原子力事故が起きた場合には、やはり、自国への直接的な影響が気になります。例えば、韓国では福島第一原発事故の発生直後から2011年末まで、元々実施していた環境放射線モニタリングの頻度を増やして対応強化を図りました。基本的に通常変動範囲でしたが、3月28日から4月26日までは、ヨウ素131、セシウム134及び137では微小の増加が認められたとの報告を得ています。[13] タイでは、環境放射線モニタリング(タイ全土で9箇所)を行い、その結果をタイ原子力庁のウェブサイトで公開するようにしました。

我が国では常設のモニタリングポストの数は都道府県によって異なりますが、最低でも各都道府県内で4箇所あり[14]、さらに、放射能対策連絡会議の決定した「国外における原子力関係事象発生時の『モニタリング強化』の実施について」[15]に基づいたモニタリングがなされることになっています。

食料品のサーベイ

食品輸入に関する放射能汚染に関しては、どの国も非常に気を使うところです。アジア各国での輸入食品の放射能制限は、各国とも基本的にCODEX(コーデックス)委員会の基準値[16] が元になっています。福島第一原発事故後、日本から食料品を輸入している国では、放射能測定を実施して自国民の食の安全に務めています。タイでは、 2012年6月12月現在において、662検体中で30検体において放射能汚染が見つかったとのことですが、いずれも自国で定めた基準値以下でした。

また、食料品に関する風評被害は日本国内のみで発生した訳ではありません。韓国では食料品の放射能測定にとどまらず、特に海産物の風評被害への対応に苦労し、チョン首相が、ソウルのノリャンジン市場で海産物を食べている様子が2013年9月に韓国の新聞で報道されていました。

日本では、食品(特に、麦類、豆類、砂糖類、油脂類などで)の多くを輸入に頼っています。海外での原子力事故の際には、その国からの輸入食品に対して、輸出国での放射能レベル検査、あるいは日本国内での水際での検査が必要になります。

終わりに

国内の原子力災害に比べれば、海外での原子力災害からの影響は小さいものと予想されますが、風評被害や国民の不安への対策が重要になるものと考えられます。しかし、我が国の原子力災害対策は、国内の原子力施設の事故への対策が中心で、事前の計画も国内の施設に対するものです。海外で発生した原子力災害の場合には、本稿で述べたように国内の原子力災害とは異なる対応や、そもそも事前の計画の無い地域での対応が求められることになる可能性があります。本稿が、海外で発生した原子力災害への対応について考えるきっかけになれば幸いです。

参考資料

[1] IAEA総会資料, "IAEA Activities in Response to the Fukushima Accident," GOV/INF/2011/8
[2] 「原子力災害対策マニュアル
原子力防災会議幹事会、平成25年9月2日一部改訂)
[3] 例えば、「国家安全保障会議の創設に関する有識者会議」第2回会合資料2:「我が国の危機管理について
[4] 「国外における原子力関係事象発生時の対応要領」(放射能連絡対策会議、平成17年2月23日)
[5] 「第6回日中韓上級規制者会合(TRM)等結果概要(報告)」(平成25年12月4日 原子力規制委員会配布資料3)
[6] Department of Science and Technology,Philippine Nuclear Research Institute, 2001 Annual Report, p.34  
[7] IAEA:”Communication with the Public in a Nuclear or Radiological Emergency” ,EPR-Public Communications (2012).
[8] 放射線医学総合研究所訳:「放射線緊急事態時の評価および対応のための一般的手順 」、NIRS-M-183 (2005年)
[9] 「韓国における緊急被ばく医療の現状と強化策」、2011 HICARE国際シンポジウム報告書、pp.148-164
[10] 旧原子力安全保安院(現在は原子力規制庁)原子力災害全般(原子力規制庁コールセンター)
   文部科学省(原子力機構等)健康相談ホットライン、放医研 放射線被ばくの健康相談窓口
[11] 原子力安全基盤機構:「警戒区域から持ち出された車の整備による整備士の外部被ばく線量評価に関する調査報告書」、JNES-RE-2011-0003
(2011年)
[12] 「港湾における船舶の放射線測定のためのガイドライン」(国土交通省海事局検査測度課、平成23 年8 月3 日一部改正)
[13] 「原子力緊急時支援・研修センターの活動(平成 24年度)」、JAEA-Review 2013-046、p.45
[14] 原子力規制委員会 放射線モニタリング情報  放射線モニタリング情報共有・公表システム(全国及び福島県の空間線量測定結果から移行)
[15] 「国外における原子力関係事象発生時の『モニタリング強化』の実施について」(放射能対策連絡会議幹事会申合せ、平成25年4月1日 一部改正)
[16] 厚生労働省訳 「食品及び飼料中の汚染物質及び毒素に関するコーデックス一般規格」、CODEX STAN 193-1995 (2012年)
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