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第25回「IAEAの原子力緊急時における国際援助に関する新しいガイドライン」(平成29年5月)
第25回「IAEAの原子力緊急時における国際援助に関する新しいガイドライン」(平成29年5月)
国際原子力機関(IAEA)は、「原子力又は放射線緊急事態における対応と援助の機能の調和に関するガイドライン(
EPR-HARMONIZED
ASSISTANCE CAPABILITIES
2017)」(以下、「本ガイドライン」といいます。)を2017年1月に発行しました。本ガイドラインにより、原子力緊急時にIAEAが
援助条約に基づき各国と連携して運営する「緊急時対応援助ネットワーク(
RANET)」の実効性の向上が期待されます。今回は、本ガイドライン発行の背景やその概要等を紹介します。
1.本ガイドライン発行の背景
IAEA
は、本ガイドラインに先立つ2015年11月にIAEAが作成する一連の安全基準文書の内、緊急時対応に係る安全要件を全面改訂し、「Preparedness
and Response for a Nuclear or Radiological
Emergency(原子力又は放射線緊急事態への備えと対応):
GSR
Part7」 として発行しました。この
GSR
Part7には、新たに緊急時における国際援助の要件が以下のように追加されました。
5.94.
国際文書(例、援助条約)、二国間取極又はその他の仕組みに基づき、原子力又は放射線緊急事態への備え及び対応として、国際援助を要請すること及び国際援助を各国又は国際機関から受け入れること並びに各国へ(直接に又はIAEAを介して)援助を提供することについて、取り決めを整え、かつ維持しなければならない。これらの取り決めは、他国から受け入れた及び他国に提供された機能に係る互換性(compatibility)の要件について、これらの機能の有用性を確保するよう考慮しなければならない。
|
この国際援助の要件の趣旨は、国際援助においては、現地で使える(援助の要請国において互換性又は同等性のある)ものを提供しなければならないということです。
この国際援助の要件を受けて、援助の要請国と援助提供者(国際援助の提供は国だけとは限らず、国際機関も含まれるので、援助条約ではこのように表現されます。)の間で、提供される活動と物資について、要請国のニーズと整合させる調和の仕組みについて述べたものが、本ガイドラインです。
2.本ガイドラインの概要
本ガイドラインは、以下に示すように、本文、添付及び付録から構成されています。
本文
① 序論
②
援助ミッションに関する一般情報
-1 援助の成果物
-2
援助ミッションの開始時点で合意される共通事項
-3 基本事項
-4 日時の表記法
-5 測定の初期設定単位
-6 命名規則
-7 位置情報
-8 小数点及び数値の桁区切り
-9 不確かさ
-10
データ形式
-11
システム仕様
|
③
放射線測定、放射線源調査
④ 環境汚染調査
⑤ 被ばく評価
⑥ 地図資料作成に係るガイドライン
添付
-1 IRIX互換性の例
-2 システム仕様の例
付録
-1
原子力又は放射線緊急時対応に係る航空測定システム
|
上記の本文①序論では、IAEAの全加盟国が国際援助の要請国又は提供国になる可能性を考慮して、必要に応じて本ガイドラインを自国内の緊急時の取り決めに組み込むこと、及び本ガイドラインはRANET以外の2国間取極及び多国間取極による国際援助においても適用可能であること等を述べています。
また、本文②では援助の要請国と援助提供者が理解しておくべき一般情報、③〜⑤では現行
RANETの8援助分野の内、本ガイドラインが対象としている4援助分野(放射線測定、放射線源調査、環境汚染調査、被ばく評価)に係る個別のガイドライン、⑥では分布図等の作成に係るガイドライン、添付では本文②の具体例2件、付録では航空測定システムの概要をそれぞれ示しています。
3.本ガイドラインの援助ミッションに関する一般情報
ここでは、本ガイドラインが「援助ミッションに関する一般情報」として本文に示している、援助の要請国と援助提供者との間で理解し、合意しておくべき内容を以下に紹介します。
(1) 援助の成果物
本ガイドラインでは、放射線測定、環境汚染調査、被ばく評価(線量再構築)の3項目を「援助の成果物」と位置付けています。また、「援助の成果物」には、要請国へ提出され意思決定の支援に供される最終成果物(測定結果や評価結果)と、この最終成果物を作成するため援助提供者内部又は援助提供者間で使用する中間成果物があるとしています。なお、この3項目は、GSR
Part7の要件9「緊急防護措置及びその他の対応措置の実施」において、適時のモニタリング並びに汚染、放射性物質放出及び被ばくの評価に係る取り決めが必要であるとの規定を受けて選定しています。
(2) 援助ミッションの開始時点で合意される共通事項
IAEAの援助ミッションは、要請国、援助提供者及びIAEAの3者によって作成及び署名された援助実施計画書(AAP:Assistance
Action Plan )で正式に合意されます。このAAPには援助ミッションにおける主要な目的や業務(運用やロジスティクス)について記述されますが、現地の所管機関と援助提供者との間で検討し合意すべき包括的な技術的事項を含みません。 このため、これらの技術的詳細について、事前に又は援助ミッションの開始時点で合意し、要請国における援助の成果物の利用を担保する必要があります。
(3) 基本事項(Fundamental items)
本ガイドラインでは、援助ミッションの開始前に合意し、援助の継続中に必要に応じて定期的に見直すべき基本事項を表1のように示しています。
表1
本ガイドラインで示された援助の要請国と援助提供者に係る基本事項(一部抜粋)
項目
|
内容
|
航空機モニタリング |
特段の合意がない限り地上1mにおける放射線量率とする。バックグラウンド補正、飛行パターン、タイムラグ補正、参照区域適用等の諸要素を合意しておく。 |
日時の形式 |
世界協定時(UTC)を使用し、夏期調整時又は時差境界に配慮する。要請国は意思決定を援助するための最終成果物を現地時間で報告することが要求できる。 |
放射線量率 |
特段の合意がない限り地上1mで計測した場合の空間放射線量率で報告する。 |
運用上の基準 |
防護措置発動の運用上の基準は要請国が援助提供者に周知する。この基準の変更時も同様とする。要請国に定めの無い場合はIAEAのOILを利用することができる。 |
言語 |
成果の報告や情報交換の言語は援助の開始前に援助実施計画書で合意する。初期設定では英語とし、技術用語に係る翻訳は要請国が提供する。 |
位置情報 |
放射線の測定地点又は資料の採取地点の位置情報を付加する。位置情報としては、緯度、経度、高度又は深さ、測定方向(可能であれば)を規定する。全地球測位システム(GPS)のような測位システムとその形式を合意しておく。 |
参照時間 |
試料の採取時間から測定時間までの崩壊補正を行うか又は単なる時間補正のみ(例、移動モニタリングの結果)とするかは要請国が明確化する。崩壊又は内部生成の補正に関する明確化又は合意は、状況に応じてケースバイケースとするが、被ばくに寄与する主要核種は考慮されるべき。 |
不確かさ |
援助提供者と要請国は、報告における測定の不確かさを合意しておく。
|
また、本ガイドラインでは、要請国と援助提供者の間で、あるいは、全ての援助提供者間で、援助の成果物に使用される測定単位、命名規則、データ形式及びシステム仕様等についても合意しておく必要があるとしています。
測定単位については、単位の接頭語(Mメガ、mミリなど)及び表記(10進法、日時の表記方法など)を含んでおり、基本的に国際単位系(
SI)を使用します。ただし、代用可能な単位が示されており 、例えば、米国及びその周辺国が使用している、放射能の単位にCi(キュリー)、表面汚染の実用的な計測値としてcps(カウント/秒)が示されています。要請国がこれらの国であれば、この単位が使用されることも考えられます。日本が用いているOIL4(β) の初期値で使用しているcpm(カウント/分)も代用単位の一つです。空間放射線量率はSv/h(シーベルト/時)とし、SIの時間の単位の秒ではなく、時(h)で規定しています。
命名規則とは、援助チーム名、位置情報の表現方法、試料及び報告の識別等の命名のための規則のことで、様々な国内及び国際チームが援助ミッションの期間中に共に活動するので、それらが互換性のある成果物を混乱なく作成するため事前に定めておくものです。
データ形式とシステム仕様には、本ガイドラインが対象としている4援助分野(放射線測定、放射線源調査、環境汚染調査、被ばく評価)で使われる測定データや資料(画像やテキスト、表計算や地図(GIS)情報など)を要請国及び他の援助提供者の専門家が成果物として使用するための放射線測定等に関する制限条件及び校正に関する情報、並びに測定及びデータ処理の手法などが含まれます。
4.本ガイドラインにおけるRANETの各援助分野の個別事項
さらに現行RANETの4援助分野(放射線測定、放射線源調査、環境汚染調査、被ばく評価) 及び線量マップのような地図資料の作成について、本ガイドラインは以下の項目に分け、個別に解説しています。
放射線測定、
放射線源調査
|
〇放射線測定【移動式測定システム(航空、車両、バックパック)、その他測定システム(手持ち、in
situ
γ線スペクトル測定、モニタリングポスト、汚染検査)】
〇参照エリア及び国際比較ポイント
〇放射線測定の成果物【被ばく線量率測定の結果、沈着量測定の結果、中間結果としてのγ線スペクトル測定】
〇放射線源調査と線源の特性評価の成果物【線源捜索活動の地図、時系列、検証、線源の特性評価の結果】
〇人と物品の汚染検査の成果【個人の汚染検査、個人の外部汚染検査の結果、個人の携行品(財布、薬、ペット等)及び装置の外部汚染検査の結果】
|
環境汚染調査
|
〇環境汚染調査に係る援助の形態【試料採取、試料発送準備、試料測定、測定結果の解析】
〇環境試料採取:中間成果物【試料採取(空気、土壌、草、沈着物、水、ミルク、食品、植物、堆積物、雪、表面汚染)、試料発送準備、試料測定】
〇環境試料採取:最終成果物
|
被ばく評価
|
〇遡及的線量再構築
〇個人及び集団に係る線量評価
〇被ばく線量測定の成果物【線量評価用試料、内部被ばく線量評価の結果(細胞遺伝学的バイオアッセイ、体内バイオアッセイ、体外バイオアッセイ)、外部被ばく線量評価の結果(電子磁気共鳴光刺激ルミネセンス測定の結果、中性子被ばく線量評価)、線量推計の結果】
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地図資料作成に係るガイドライン
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〇地図資料作成に係る一般的考慮事項
〇地図資料(意思決定者用分析地図、狭域地図、異常値を示す地図、公衆向けの地図)
|
5.国際援助における国内基準との整合
RANETを介した国際援助を受入れ又は申し出するときは、本ガイドラインで示された基準と国内における運用との整合が重要です。国際援助の事項がすべて
日本工業規格(JIS)の範囲に含まれるわけではありませんが、ここでは、例として本ガイドラインで示された規格等とJISとの整合の状況を表2に示します。JISは国際規格との整合化を進めているので、本ガイドラインにある規格等との整合は概ね良好です。ただし、JISは、日本の社会に適用するため、元号が追加されたりしていることが分かります。国際援助の受入れ又は申し出においては、このような違いがあることを理解しておく必要があります。
表2
本ガイドラインにある規格等とJISとの整合の状況
内容
|
本ガイドラインの規格等
|
対応するJIS
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対応程度
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修正部分
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単位
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ISO 8000-1他
|
JIS Z 8000-1他
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修正
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複合単位に日本語追加
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日付
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ISO 8601
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JIS X 0301
|
修正
|
元号が追加
|
国コード
|
ISO 3166-1
|
JIS X 0304
|
一致
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pdf
|
ISO 32000
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なし
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−
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世界測地系
|
WGS84
|
なし
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−
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不確かさ
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計測における不確かさの表現ガイド (GUM)
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適合*
|
*GUMに直接対応するJISはないが、関連JISはGUMに適合している。
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(ISO/TS
21748)
|
JISZ8404-1
|
一致
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|
(ISO/TS 21749)
|
JISZ8404-2
|
一致
|
|
ファイル形式
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ISO/IEC 26300
|
JIS X 4401他
|
一致
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放射線データ
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ANSI/IEEE N42.42
|
なし
|
−
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|
なお、国際援助における成果物の調和において、機器等のシステム仕様は、本ガイドラインで述べているように、成果を理解及び利用する上での基礎情報として副次的に取り扱うことが重要です。即ち、国際援助では機器の型式まで指定するような標準化ではなく、得られる成果物(データ等)を、その不確かさ(uncertainty)を明示した上で、防護措置の目的に合わせて提供できれば良いという考え方です。これにより、機器等のシステム仕様が異なる援助提供者から得られる成果物を要請国又は別の援助提供者が円滑に利用できることになります。