独立行政法人日本原子力研究開発機構：JAEAメールマガジン　No.308

＝　現場から　＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝

拡大均一ビームの開発

高崎量子応用研究所のイオンビーム照射研究施設(TIARA)には、広いエネルギー範囲で様々なイオンビームを提供するために、1台のサイクロトロン加速器と3台の静電加速器があり、材料科学における組成分析や改質、バイオ科学における有用植物・微生物の創出など、科学や産業の基盤技術の発展に寄与する非常に強力なツールとして機構内外の研究者に広く用いられています。また、私たちは、通常では数mmのビーム径をその1/1,000レベルに集束させたマイクロイオンビーム、たった一つのイオンあるいはブドウの房のような原子の集合体のイオンビームなどの形成や照射に係る技術開発を行っており、常に先頭を走る世界的にユニークな研究拠点としての重任を務めています。その一つとして、サイクロトロンで加速されたイオンビームを10,000mm²以上の大面積の四角形に広げて均一に照射する技術の開発があります。今回はこの技術をご紹介します。
　花壇にまんべんなくホースで水を撒く場合、ホースの先についている水流切り替え用のノズルで霧状を選ぶとどの花にも同時に同量の水を少量ずつ、広範囲で与えることができます。間違ってジェット状を選んでしまうとホースを上下左右に振って塊の水を撒くことから、それぞれの花は一度に大量の水を受け、湿らす程度の少ない水量を調整することは容易ではありません。通常のイオンビームはジェット状の水に相当します。これまでは、大きな面積の試料にイオンビームを照射したいときは直径数mmのビームを上下左右に振って、むらの無い重ね合わせとして試料全域にビームが当たるようにしていました。必要な照射量が大きい場合はこれで十分でした。しかし、宇宙線が均一かつ同時に全面に当る人工衛星の太陽光パネルの劣化を宇宙環境に近い条件で模擬して行う精密評価や、低密度の孔からなる多孔膜等の高機能材料の創製などでは、大きな面積の試料にイオンを「一度に照射したい」、「ほんの少量を均一に照射したい」などのわがままな要望が出てきて、従来法では対応できなくなりました。そこで、イオンビームを均一に大きく拡げることができるイオン用霧状“ノズル”の開発に以下の手順で取り組みました。
　最初に、計算機による精密なシミュレーションを行い、どんなイオンビームをどうすれば均一に広げることができるかを考察しました。この結果、強度分布がガウス様分布のイオンビームを8極電磁石を使って平坦にすることにより大面積均一ビームが得られることを突き止めました。更に、実際には複雑な強度分布を持つサイクロトロンのイオンビームをガウス様分布化させるために、金属薄膜の透過による多重散乱相互作用を利用することを考え、どんな金属をどのくらいの厚さにすれば良いのかをシミュレーションと実験から求めました。この結果に基づいて設計した8極電磁石と金属薄膜をビームラインに設置して、例えば130mm×90mm（11,700mm²）の面積に±7％の均一さでイオンビームを照射できるようになりました。照射野の面積や縦横比は制御可能であり、また、サイクロトロンでは世界初のビーム技術です。

高崎量子応用研究所
　 http://www.taka.jaea.go.jp/