前回に引続き、安定ヨウ素剤の原子力発電所周辺の住民への事前配布についてフランスの事例を紹介します。
フランスの地域防災計画(plan particulier d'intervention:以下、「PPI」といいます。)では、原子力災害時に備えて2つの緊急時対応計画区域が設定されています。小区域(5 km以内)については避難が約24時間以内に実施できるように,大区域(10km以内)については屋内退避が約24時間以内に実施できるように準備しておかなければならないとしています。小区域についても、非常に早く放射性物質の放出が予想されるときには、即時に避難とするのではなく、まず屋内に待機をさせて、当局からの情報・指示を待つこととされています。
この屋内に待機している住民に、避難の開始、あるいは“屋内退避”の措置を講じてさらに待機を継続する、安定ヨウ素剤服用するという指示を、テレビ、ラジオ、緊急対応段階住民警報システム(SAPPRE)、公共電話網電話を利用した自動警報装置、さらには広報車やヘリコプターで広報するのが、このPPIで記載されている“当局からの情報・指示”です。
このように、前回紹介した米国と異なり、フランスでは原子力緊急事態になっても直ちに“避難”させるとは限らないため、大区域に当たる10km圏内の住民に安定ヨウ素剤を事前に無料配布しています。
フランスでは1997年に安定ヨウ素剤を事前に配布することを政府が正式決定し、配布が実施されています。それ以前は、屋内退避している住民に、必要に応じて各自の自宅にて安定ヨウ素剤を配布、服用させるという考え方でしたが、原子力防災訓練で安定ヨウ素剤配布を実際に実施してみたところ、以下の問題があることが判明しました。
その対策として、原子力発電所の周囲10kmの範囲内の住民に対して安定ヨウ素剤を事前に無料配布する方法に変更しました。
フランスにおける安定ヨウ素剤の事前配布は、1997年以降、2000年、2005年、2009年とこれまで計4回実施されています。自治体から10kmの範囲に居住するすべての住民に引換券を郵送し、住民は薬局で引換券と安定ヨウ素剤を交換するという方法です。
米国同様、住民の自主的な受け取りを促進するため、安定ヨウ素剤配布キャンペーンの自治体やメディアからの広報に力を入れています。しかしながら、期限までに実際に安定ヨウ素剤を交換した住民の割合は半分程度(2009年再配布キャンペーンの実績で49.2%)です。特に企業等(従業員の分確保)の交換率が低く、2割ほどであるとされています。
フランスでは、住民の安定ヨウ素剤の交換率を向上させるため、さまざまな努力を行っています。2009年の再配布キャンペーンの例では、以下のような取組がなされました。
その後、さらに当局は、住民の安定ヨウ素剤交換を促進するための措置として以下を発表しています。
なお、事前配布の規模として、2009年再配布キャンペーンの実績を例に示すと、以下のようになります。
参考資料
今回紹介したフランスにおける安定ヨウ素剤配布について、より詳しく知りたい場合は、以下に示す参考資料を参照してください。
[1] 放射線医学総合研究所:「原子力災害時における薬剤による放射線防護策に係る調査(平成21年度内閣府科学技術基礎調査等委託)報告書」(2010年3月)
[2] フランス原子力安全庁(ASN):“Distribution d’iode(ヨウ素剤の配布)”のホームページ https://www.asn.fr/l-asn-informe/situations-d-urgence/la-distribution-d-iode
及び http://www.distribution-iode.com/