日本原子力研究開発機構

安全研究・防災支援部門原子力緊急時支援・研修センター

トップ > 原子力防災情報> 第6回「安定ヨウ素剤の事前配布(その1:米国の事例)」

第6回 「安定ヨウ素剤の事前配布(その1:米国の事例)」(平成25年9月)

原子力規制委員会が策定している原子力災害対策指針は、201365日の全面改定により、原子力施設から概ね半径5kmを目安とする予防的防護措置を準備する区域(PAZ)において、住民に安定ヨウ素剤の配布を事前に行うという新たな考え方が示されました。これは、避難に際して、安定ヨウ素剤の服用が適時かつ円滑に行うことためとされています。

このような原子力発電所周辺の住民への安定ヨウ素剤の事前配布は、すでに米国やフランスで実施されており、今回の話題として第6回は米国の事例、次回の第7回はフランスの事例を紹介していきます。

なお、これらの国では、事前配布の問題以外にも、その配布する範囲に関する議論や安定ヨウ素剤の薬の性状の違い、使用期限に起因する配布後の更新の問題など参考となりそうな先例を見ることができます。興味のある方は参考資料をご参照下さい。

1.米国における安定ヨウ素剤の配布


(1) 安定ヨウ素剤事前配布の経緯

米国において、原子力発電所周辺の住民に安定ヨウ素剤の事前配布を行うことが広く実施されるようになったのは、2001年の9.11同時多発テロを受けて原子力発電所に係る災害対策強化の中で安定ヨウ素剤配布・服用に関する検討が行われるようになって以後のことです[1]1979年のスリーマイル島原子力発電所事故や1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故以後でも、それ以前は非常に限定的でした。

当時、米国原子力規制委員会(以下、「NRC」といいます。)は安定ヨウ素剤の事前配布に否定的であり、避難や屋内退避を完了した住民に対して、必要に応じて安定ヨウ素剤を配布、服用させるという方針でした[2]NRCによると、それは、安定ヨウ素剤は放射性ヨウ素による甲状腺被ばくに対してのみ有効で、それ以外の被ばくには効果がありません。それにも係わらず、多くの人が、安定ヨウ素剤はどのような放射線被ばくにも効き目があると誤解する傾向があるからだとしています。さらに、安定ヨウ素剤を服用しておけば避難や屋内退避をしなくてもよいと考えている人さえいるためだとしています。

また、安定ヨウ素剤は、服用するタイミングが早過ぎても、遅過ぎても効き目が大きく低下するので、むやみに服用しても被ばくを予防できるわけではありません。そのため、NRCは安定ヨウ素剤の服用はあくまでも避難や屋内退避に対する補助的な防護対策と位置付けていたわけです。

9.11同時多発テロを受けて、各地から安定ヨウ素剤の購入費用について連邦政府の補助を求める声がありました。そこで、NRC20014月から原子力発電所がある34の州に対し、約16km範囲(10マイル:米国の緊急時計画範囲)内の住民に相当する量(1人当たり2回の服用分)の安定ヨウ素剤を希望する州に支給することを決定し[2]24の州が申込み、支給を受けています。しかし、NRCは支給した安定ヨウ素剤の配布方法については制限しなかったので、当時支給を受けた24州の内、17の州が州独自の判断で住民へ事前配布し、残りの州は避難所等に配給できるように備蓄しました[1]。その後、200112月に米国健康福祉省(DHHS)の食品医薬品庁(以下、「FDA」といいます。)が緊急時の安定ヨウ素剤服用ガイド[3]を作成し、また、2002年にFDAは家庭に安定ヨウ素剤を購入し備えておくことを推奨するガイド[4]を公表しています。

(2) 米国における安定ヨウ素剤の事前配布の方法

米国における安定ヨウ素剤の事前配布の方法は様々です。それは、住民への配布率を向上させるために様々な試みが行われ、その結果、州によって方法が異なったという経緯があります。

具体的な例として、米国でも最も早く安定ヨウ素剤の事前配布を導入していたテネシー州の例[1]を以下に紹介します。

1980年以前のテネシー州では緊急事態発生後の配布を想定していましたが、原子力防災訓練で実際に実施してみると、事後配布では時間がかかりすぎ、手遅れとなることが判明し、1981年、約8km範囲(5マイル:米国の応急対策範囲)内に戸別訪問、服用方法を説明した上で手渡し(不在だった家は保健所で後日受け取り)という方法に変えました。この方法による住民の安定ヨウ素剤の受取率は対象住民の66%であったとされています。

しかし、このような戸別訪問による手渡しは非常に高コストなため、長くは続かず、1983年以降は、地方保健部で受け取れる制度(住民が自ら受け取りに出向くという自主的な入手方法)に変更し、その代り通知書送付とメディアを利用して周知を図るということをしています。この方法では、受取率が当初においても、戸別訪問の約半分の32%たらずで、その後年々低下し、1980年代において20%程度、2000年代に入るとほとんどの住民が受取りに行かなくなり(5%ほど)、2009年では9%程度であったとされています。

米国全般で安定ヨウ素剤の事前配布を導入している各州の状況をみると[1,5]、戸別訪問による手渡しを行っているところは、非常に高コストなため、現在ではほとんどないと考えられます。

保健所あるいは診療所や薬局で各自入手するという方法を採用している州も少なくないようですが、上述したテネシー州の例のように、実効性はなかなか高くならないようです。

安定ヨウ素剤を住民に郵送している例では、総じて配布率は比較的高く、約3分の2に達しています。これは、住民にあらかじめ事前に申し込みをしてもらうもので、申込み用紙だけをまず各戸に送付し、その返信によって当局は各戸で必要な錠剤の数を確認し、錠剤を直接各戸に郵送するという方法で、カリフォルニア州が採用しています。

一方、苦労して安定ヨウ素剤を事前に戸別配布するくらいなら、より早く避難させてしまったほうがよいと考える州もあります。

また、以上のように、何らかの方法で「事前戸別配布」している州でも、別途安定ヨウ素剤の備蓄は行っており、避難所だけではなく、学校や養護施設、企業にも人数に見合ったストックを渡し、まとめて保管しておくということをしています。これが事実上、配布率の低い「事前の戸別配布」を下支えしているようにも見ることができ、備蓄場所から避難所等への運搬が円滑にできることを防災訓練でしっかり確認しています。

(3) 米国における安定ヨウ素剤配布の状況

現在、NRCの各州への安定ヨウ素剤の支給実績は2009年の支給が最後となっています。次回の支給は来年以降となります。

2009年における安定ヨウ素剤の配布状況は、全米50 州の内、18 州(カリフォルニア州、ニューヨーク州等)が住民への事前配布とともに事故時に配布する分を備蓄している一方、17 州(アイダホ州、ケンタッキー州、ハワイ州等)は州内又は州境界近くに原子力発電所がないために安定ヨウ素剤の準備に関心がなく、10 州(アンカーソー州、テキサス州等)は、安定ヨウ素剤は屋内退避や避難の補完にならないと考え、住民への安定ヨウ素剤の配布は考慮しないとしています。残りの5つの 州(アリゾナ州、フロリダ州等)は事故後に住民に配布するとしています。

参考資料

今回紹介した米国における安定ヨウ素剤配布について、より詳しく知りたい場合は、以下に示す参考資料を参照してください。特に米国における初期の安定ヨウ素剤配布の経緯や各州の対応状況については文献[1]に非常によくまとめられています。また、文献[5]は、最近の各国の状況について非常に詳しく調査を行っており、非常に参考となる文献です。

[1] 米国科学アカデミー 米国調査評議会(National Research Council):

 「安定ヨウ素剤の服用管理及び配布に関する調査報告書(Distribution and

  Administration of Potassium Iodide in the Event of a Nuclear Incident)」(2004年)

[2] 米国原子力規制委員会NRC): “Consideration of Potassium Iodide in Emergency Planning,” 

もしくは、 Federal Register Vol. 66, No. 13, p. 5427, January 19, 2001

[3] 食品医薬品庁(FDAGuidance -Potassium Iodide as a Thyroid Blocking Agent in Radiation Emergencies 2001

[4] 食品医薬品庁(FDA“Home Preparation Procedure for Emergency Administration of Potassium Iodide Tablets to Infants and Small Children”, 2002

[5] 放射線医学総合研究所:「原子力災害時における薬剤による放射線防護策に係る調査(平成21年度内閣府科学技術基礎調査等委託)報告書」(20103月)

ページのトップへ戻る