モニタリング技術開発
モニタリング技術開発グループは、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に起因した福島第一原子力発電所(以下「1F」といいます。)の事故に伴う周辺環境における放射性物質の分布状況等に関する調査(以下「分布状況調査」といいます。)の取りまとめを行っています。
新着情報
- 2024年12月
- 令和5年度の東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の分布データの集約事業報告が原子力規制庁ホームページに掲載されました。
当グループの役割
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波により、1F事故が発生し、その結果、原子炉から環境中へ大量の放射性物質が放出され一部が陸上に沈着しました。日本原子力研究開発機構では、文部科学省(後に原子力規制庁)からの委託を受け、2011年6月から放射性物質の分布状況等に関する調査を実施しています。(関連リンク①参照)
当グループは、分布状況調査を通して培った経験を原子力緊急時に向けた技術として改良・発展させることも視野に、2018年度に発足しました。1F事故に伴う周辺環境における放射性物質の分布状況等に関する調査の取りまとめを行うとともに、研究成果を発信しています。
分布状況調査の概要
分布状況調査では、これまでに数種類の異なる測定方法を用いて環境中の空間線量率(単位:µSv/h)や放射性物質の土壌沈着量(単位:Bq/m2)に関する大規模調査を継続的に実施しています。図1に測定項目とその特徴をまとめて示しました。
調査に関連して得られた知見やデータは様々な形態で公開されてきました。この中には、WEBページでの線量率分布マップ等による情報提供をはじめ、より詳細な数値情報やデータベースのWEBページ公開があります。(関連リンク②参照)

図1 分布状況等調査の測定項目と特徴
1)空間線量率の測定
空間線量率の測定では4種類の測定を実施しています。各測定方法はそれぞれ以下の特徴を有しています。
①「定点測定」はかく乱の少ない平坦で舗装されていない場所を選定し同じ場所で繰り返し空間線量率を測定します。測定範囲は連続的ではありませんが、環境条件の似た場所でのサーベイメータによる測定のため周辺環境の標準となる空間線量率が得られます。
②「歩行サーベイ」では測定範囲は限られますが、人が生活する様々な環境における空間線量率が取得できる、場所による空間線量率の変化を詳細に捉えた測定ができるなどの特徴があります。
③「走行サーベイ」では道路上での測定に限られますが、広範囲を対象に膨大な量のデータを取得することが可能です。
④「無人ヘリ測定」では上空から測定するために地上の細かな空間線量率の変化を捉えることはできませんが、測定対象の地域全体をカバーできるという他にない大きな特長を有しています。
このようにそれぞれの特徴を有した測定手法により異なる環境・条件での空間線量率の情報を取得することができるので、複数の測定手法を必要に応じて組み合わせて利用することが良いと考えています。
2)土壌沈着量に関する測定
その場の平均的な沈着量が測定できる特長を有する可搬型ゲルマニウム半導体検出器を用いてin-situ測定(現場での測定)を行ない、沈着量の分布状況を調査しています。また、地表面に沈着した放射性物質の地中への浸透を調べるため深度分布調査を行なっています。
分布状況調査により分かったこと
1F事故後、分布状況調査が継続して実施され、放射性物質等の分布状況や経時変化とその原因となる放射性セシウムの環境中移行の特徴が明らかになってきました。これら研究成果は、学術雑誌に論文として発表されています(学術雑誌掲載論文ページ及び機構報告書ページ)。そのなかから特徴的な例を紹介します。
- 2011年から2023年までの上記の測定手法で得られた空間線量率の結果を図2〜図4に示します。いずれの測定手法でも経年的に線量率が低下して高線量率を示す赤やオレンジ色の地域が縮小していることが分かります。
図2 定点測定による空間線量率測定の結果(2011年〜2023年)
図3 走行サーベイによる空間線量率測定の結果(2011年〜2023年)
図4 無人ヘリコプターサーベイによる空間線量率測定の結果(2011年〜2023年)
- 2012年から2023年までのセシウム134とセシウム137の土壌沈着量測定の結果を図5に示します。左のセシウム134(半減期=約2年)は減少が速く、右のセシウム137(半減期=約30年)は減少が遅いことが確認できます。
図5 放射性セシウムの土壌沈着量測定の結果(2012年〜2023年)
- 測定手法による空間線量率の経時変化の違いを調べた結果、図6に示すように、1Fサイトから80 km圏内の定点測定や走行サーベイによる空間線量率は放射性セシウムの半減期による減衰に比べて大きく減少してきたことが分かりました。特に道路上での測定である走行サーベイが最も減少が早く、2011年6月から6年間に平均で1/10程度まで減少しました。これらは、地中への浸透による遮蔽効果の増加、天候などの環境影響、除染等人間活動の影響が原因として考えられます。
図6 空間線量率の経時変化の例(80km圏内での定点測定と走行サーベイ)
- 階層ベイズ統計を応用した線量率分布マップの統合手法を米国ローレンスバークリー国立研究所と共同で開発し、歩行サーベイ、走行サーベイ及び航空機モニタリングの測定データを元に各測定手法の特徴を活かした位置分解能の高い統合マップを作成しました。図7に示すように、元の航空機モニタリングの測定データに比べて統合マップでは詳細な空間線量率分布構造を得ることが出来ました。
図7 避難指示区域の空間線量率統合マップの一例(航空機モニタリングとの比較)
最近の研究トピック
- 無人ヘリによるホットスポット可視化の信頼性向上の取り組み
無人ヘリにコンプトンカメラ*を搭載して空間線量率分布の測定、ホットスポット探査を上空から行うことが可能ですが、その精度向上を目指し、機器の追加、解析手法の改善に取り組みました。まず、追加した姿勢角センサー等のデータをもとに、ホバリングフライト時の測定データのうち、測定位置と姿勢の安定した時間帯と姿勢角のブレの小さい時間帯に得られたデータを選択的に解析することにより、図8に示したように測定精度が向上しました。(関連リンク③参照)
*コンプトンカメラとは、コンプトン散乱と呼ばれる放射線と物質との相互作用により、ガンマ線を捉えて可視化するカメラであり、ガンマ線のエネルギーと到来方向も測定できる特徴を持ちます。
図8 飛行条件を考慮したデータ選択による周辺線量当量率マップの改善例
国際機関刊行物への貢献
2015年 |
分布状況調査において取得したデータが国連科学委員会(UNSCEAR)2013年報告書に引用されました(関連リンク④参照)。
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2019年 |
分布状況調査での結果をもとに当グループ員らが発表した論文3件が
国際原子力機関(IAEA)のtechnical report No.486に引用されました(関連リンク⑤参照)。
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2019年 |
分布状況調査での結果をもとに当グループ員らが発表した論文6件が
国連食糧農業機関(FAO)と国際原子力機関(IAEA)の連名の報告書に引用されました(関連リンク⑥参照)。
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2020年 |
分布状況調査での結果をもとに当グループ員らが発表した論文3件が
国際放射線防護委員会(ICRP)のPublication 144に引用されました(関連リンク⑦参照)。
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2021年 |
分布状況調査での結果をもとに当グループ員らが発表した論文8件が
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の2020年報告書に引用されました(関連リンク⑧参照)。
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2023年 |
当グループ員のこれまでの論文査読への貢献が評価され、英国物理学会よりIOP Trusted Reviewer の称号を受領しました。
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関連リンク
⑦ICRP Publication144「Dose Coefficients for External Exposures to Environmental Sources」
https://www.icrp.org/page.asp?id=5
(被引用文献:Saito他(2015)、Matsuda他(2015)、Mikami他(2015a))
⑧UNSCEAR 2020/2021 Report Volume II
「SOURCES, EFFECTS AND RISKS OF IONIZING RADIATION」Scientific Annex B
「Levels and effects of radiation exposure due to the accident at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station:
implications of information published since the UNSCEAR 2013 Report」
https://www.unscear.org/unscear/en/publications/2020_2021_2.html
(被引用文献:Andoh他(2018)、Kinase他(2017)、Matsuda 他(2017)、Mikami他(2015b、 2019)、Saito他(2015、2019)、Chino他(2016))