令和7年12月12日
愛媛大学
理化学研究所
日本原子力研究開発機構
九州大学

銅を“鉱石レベル”まで高濃縮する新規微生物を発見
-鉄酸化細菌による銅の濃縮機構を解明し、バイオマイニングへ期待-

愛媛大学大学院農学研究科 光延聖 教授、谷本和也 大学院生は、理化学研究所 加藤真悟 上級研究員、日本原子力研究開発機構 徳永紘平 研究員、九州大学大学院理学研究院 濱村奈津子 教授との共同研究によって、銅を“鉱石レベル”まで濃縮固定できる新規鉄酸化細菌を初めて純粋分離し、その強力な鉄酸化作用が銅の高濃縮を引き起こす仕組みを明らかにしました。本成果は、微生物を利用した有価金属回収(バイオマイニング)や環境浄化技術の開発に繋がる重要な結果です。

なお、本成果は、2025年11月30日付で米国Wiley社から刊行された国際科学誌『Environmental Microbiology』に掲載されました。

純粋分離に成功した鉄酸化細菌の電子顕微鏡写真(スケールバー:1 μm)

【研究成果のポイント】

【研究成果の詳細】

研究背景: 鉱山跡地と“微生物による異常な銅濃縮”

銅(元素記号Cu)(用語解説1)は、人類が利用してきた最も重要な金属資源の一つであり、その高い電気伝導性、熱伝導性、加工性から、現代社会の産業基盤を支える有価金属です。近年は脱炭素社会の進展により、電動化・電力網強化が世界的に加速し、需要急増にともなって銅の国際価格も高騰し続けています。また、銅は強い抗菌・殺菌性も持つため、多くの微生物にとって毒性を示すことが知られています。

研究チームは、国内の銅鉱山跡地で、中性pHの排水中に鉄(III)酸化物が沈殿し(図1)、固体沈殿物に銅が最大2重量パーセント(wt%)(溶存濃度の約50万倍の濃度)まで濃縮される現象を発見しました。この濃度は世界で採掘される銅鉱石中の平均濃度(0.7 wt%程度)を上回ります。このような“鉱石レベル”の高濃縮は通常の化学的吸着だけでは説明が難しく、その背後で微生物プロセスなどが関与している可能性を予想しました。

その中心的役割を担うと考えられたのが、鉄(II)を酸化して増殖する鉄酸化細菌(用語解説2)です。鉄酸化細菌は中性環境で鉄沈殿を引き起こす生物触媒として知られますが、その多くは“難培養性”で、これまで環境で優占する系統を純粋分離(用語解説3)して詳細に調べることは困難でした。このため、鉱山で確認された“異常な銅濃縮”が、どの微生物によって、どのような仕組みで生じているのかは、未解明のままでした。

図1. 鉱山跡地の鉄質沈殿物

研究内容: 新規の鉄酸化細菌を初めて純粋分離し、銅の高濃縮の仕組みを解明

このような背景のもと、研究チームは、鉱山跡地の鉄沈殿物に付着する微生物群集を遺伝子解析により詳細に調べました。その結果、この環境では Gallionellaceae 科の鉄酸化細菌が圧倒的な最優占種として存在しており、鉄酸化反応と銅の高濃縮を主導している可能性が高いことが明らかになりました。しかし、Gallionellaceae 科の多くは“難培養性”として知られ、これまで純粋分離された例はごく限られていました。既存の培地では、現場の物理化学条件を十分に再現できず、分離が困難であることが課題となっていました。

研究チームは、現場水質の主要元素(鉄(II)、マグネシウム、カルシウム、窒素、リンなど)濃度、溶存酸素濃度、pH、炭酸分圧を、現場値に合わせて最適化した培地を開発しました。この手法は難培養性鉄酸化細菌の純粋分離を目的として、愛媛大学大学院農学研究科光延研究室にて独自に考案・確立された培養法「カスタマイズ培地法」です(関連論文: Uchijima, Mitsunobu et al., FEMS Microbiology Ecology, 2025)。

この培養法によって、従来法では得られなかった高い選択性と培養効率が実現され、鉱山跡地で最も優占していた鉄酸化細菌とほぼ同一系統の、Sideroxyarcus 属に属する種レベルで新規の分離株(TK5株)の獲得に世界で初めて成功しました(図2; 図3)。

図2. 分離株の蛍光染色像(上)と同一領域の明視野像(下)。
明視野像の茶色物質は分離株が生成した鉄(III)酸化物で、この物質に%オーダーの銅が高濃縮されます。

図3. 現場環境に優占する細菌群集(黒塗り 数字は優占度%)と分離株(赤字)の系統的関係。現場の最優占系統(図中のMine ASV 001)とほぼ同じ系統の分離に成功したことを示します。

さらに放射光X線分析もおこなうことで、現場環境の鉄酸化細菌は銅存在下でも鉄(II)を酸化する能力が非常に高く、生成した鉄(III)酸化物に銅を強固に吸着・共沈させることで、銅を高濃縮していることを明らかにしました。また、分離株を用いた実験室スケールの銅固定化試験では、鉄酸化反応が進むとともに銅が速やかに固相へ移行し、生成した鉄(III)酸化物には、やはり銅が%オーダーで高濃縮されました。これは微生物学的プロセスが現場環境における銅の固定化に決定的な役割を果たしていることを裏付けています。

また銅は非常に強い殺菌性を持つため多くの微生物にとって猛毒です。しかし、分離株は現場濃度の20倍を超える銅濃度(約50 μM)まで増殖活性を示しました。この濃度は日本のほぼすべての中性鉱山排水の銅濃度範囲を上回っています。また、分離株のゲノムにはcop、cusの2つの銅排出遺伝子群がみられ、高い銅濃度に適応した堅牢な遺伝子基盤を保有することも明らかになりました。これらの結果は、分離株の工学応用性の高さを示しています。

さらに注目すべき点は、分離株がCO2を唯一の炭素源として増殖する独立栄養性を持つ点です。鉄(II)の酸化によってエネルギーを獲得するため、鉄酸化と銅濃縮が外部有機物に依存しない、カーボンニュートラルな代謝プロセスとして成立することを示します。

研究の波及性: カーボンニュートラル型バイオマイニングと環境浄化への応用

今回の研究成果は、自然環境において鉄酸化細菌が銅を高濃縮する仕組みを世界で初めて実証したものであり、環境微生物学、環境工学の両面で大きな意義を持ちます。特に、分離株の独立栄養性及び高い銅濃縮能・銅耐性は、外部有機炭素を必要としない“カーボンニュートラル型”の銅回収プロセスを実現できる可能性を示しています。これは、化学薬品や大量のエネルギー投入を伴う従来の金属回収技術とは大きく異なるアプローチであり、省エネルギー・低環境負荷な「微生物による有価金属回収(バイオマイニング)技術」や環境浄化技術として期待が高まります。

【用語解説】

1. 銅:

人類が利用してきた最も重要な金属資源の一つであり、その高い電気伝導性、熱伝導性、加工性から、現代社会の産業基盤を支える有価金属です。近年は脱炭素社会の進展により、電動化・電力網強化が世界的に加速し、それに伴って銅の需要は急増し、銅の国際価格も高騰し続けています。新規鉱山探査の停滞などから、銅は「今後最も不足する金属資源」のひとつと考えられており、安定供給や効率的な回収技術の確立が国際的な課題となっています。また、銅には強力な抗菌・殺菌作用があるため、細菌やウイルスを短時間で不活化できることが知られています。この特性は銅回収技術へ微生物を応用する上で大きなボトルネックとなっています。

2. 鉄酸化細菌:

鉄酸化細菌は、鉄(Fe2+)を酸素で酸化してエネルギーを得る独立栄養性の細菌(バクテリア)であり、主にpH中性から酸性の環境に生息します。

Fe2+ 0.25O2 2.5H2O Fe(OH)3 + 2H+
電子供与体 電子受容体 酸化鉄鉱物の沈殿

鉄を酸化して得たエネルギーを用いてCO2から有機物を合成し、自らの生育に利用します。土壌、堆積物、地下水などの環境に広く生息しており、環境中で鉄の循環に重要な役割を果たしています。鉄酸化細菌によって生成される鉄(III)酸化物は表面積が大きく(1グラム当たり100~200 m2)、重金属の固定化を通じて鉱山排水や地下水の環境浄化にも応用される有用微生物です。一方で、多くの鉄酸化細菌は実験室で純粋分離することが難しい微生物に分類されています。

3. 純粋分離:

環境中に数千種、数万種も存在する微生物の中から、標的である1種の微生物のみを分離・増殖させる技術です。これにより、ゲノム解析だけではわからない微生物の生理・代謝・生態を詳細に調べられます。純粋分離は通常、選択培地を用いて行われ、得られた集積微生物の希釈を繰り返すことで達成されます。環境微生物の90%以上は未培養(培養条件がわかっていない状態)であるため、純粋分離は微生物の代謝研究や工学応用において強力な研究アプローチです。

【論文情報】

掲載誌:Environmental Microbiology

題名:Percent-Level Copper Mineralisation Promoted by Copper-Tolerant Iron-Oxidising Bacteria in Circumneutral Mine Drainage
(邦訳)銅耐性鉄酸化細菌により引き起こされる中性鉱山排水の高レベル銅濃縮

著者:Tanimoto K, Kato S, Tokunaga K, Hamamura N, Ohkuma M, Mitsunobu S*
(*責任著者)

DOI:10.1111/1462-2920.70212

【研究費サポート】

・日本学術振興会科学研究費補助金
課題番号:21K19871, 23K27042, 23H00534, 24KK0198.

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