令和7年7月11日
公益財団法人北海道科学技術総合振興センター(ノーステック財団)幌延地圏環境研究所(以下、H-RISE)では,北海道北部の天北炭田の石炭層や珪質泥岩層等の地下環境に存在する未利用有機物を、微生物の作用によりバイオメタン*1に変換する技術の開発を進めています。このたび、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構及び国立大学法人広島大学との共同研究により、本技術開発に関連する研究論文を発表いたしましたのでお知らせいたします。
研究論文名:Gaoshiqia hydrogeniformans sp. nov., a novel hydrogen-producing bacterium isolated from a deep diatomaceous shale formation
著者:上野 晃生1、佐藤 聖1、玉村 修司1、村上 拓馬1、猪股 英紀1、玉澤 聡1、天野 由紀2,3、宮川和也2,3、長沼 毅4、五十嵐 敏文1,5,6 (1ノーステック財団 幌延地圏環境研究所、2国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 幌延深地層研究センター、3国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 核燃料サイクル工学研究所、4広島大学大学院統合生命科学研究科、5北海道大学大学院工学研究院、6旭川高専)
公表雑誌:International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology (微生物新種記載の上で最も権威ある英国の科学雑誌)
オンライン公表日:2025年6月4日(水)
DOI:https://doi.org/10.1099/ijsem.0.006802
陸域地下環境には未だ人類が利用できない膨大な種類の微生物が存在していることが過去の研究から分かっていますが、陸域地下環境は酸素のない嫌気的な環境であり、この環境からの試料採取時には酸素への曝露を最小限にする方法が必要などの困難を要することが多く、研究を進める上での大きな障害となっていました。幌延町には、国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構が深地層研究施設を有しており、通常はアクセス困難な地下環境から研究用試料の採取が容易にできる世界的にも稀有なサイトとなっています。このような利点を活かし、H-RISEでは開所時より、幌延地下環境における嫌気的な環境に生息する微生物の研究を行ってきました。
研究グループは、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 幌延深地層研究センターが所有する地下250メートル調査坑道において、新規微生物探索のための地下水試料採取を行いました。実験室内での培養試験と微生物の単離試験を行い、取得した微生物については16S rRNA遺伝子*5および全ゲノム*6の塩基配列解析を活用し、データベース内に登録されている他の微生物と比較することで新種かどうかの判定を行いました。新種の微生物の可能性があるものについてさらなる解析を行いどのような特徴があるかを調べました。
陸域地下環境から、有機物を分解し水素を作る新種の細菌「Gaoshiqia hydrogeniformans Z1-71T株」の取得に成功しました。さらに、過去に同地域から取得したメタン菌*3(T10T株)と共培養することにより、Z1-71T株が作り出す水素やギ酸を使い、T10T株がメタンを作ることを明らかにしました。Z1-71T株とT10T株が共生的な関係を作りメタンを作るという結果が得られたことで、当地域の地下環境で、どのようにバイオメタンが生成されているかを明らかにする大きな手がかりになる研究成果です。
今回発表した研究をさらに発展させることにより、当該施設を活用した陸域地下環境を新たな微生物資源探索の場として利用できることが期待できます。また、陸域地下環境でのメタン菌と、メタン菌の活動を助ける微生物との共生機構や、幌延地下環境でのメタン生成機構に関心が高まることを期待します。特に水素を発生する微生物が見つかったことから、水素からバイオメタンを生成する詳細な機構の解明にも繋がり、エネルギー資源であるメタンガスを効率的に作り出す技術開発が期待できます。
単にメタンとも言うが、特に微生物の作用によって作られるものを指す。化学式は「CH4」で示される。メタンは無色透明で無臭の気体。天然ガスの主成分で都市ガスに用いられている。メタンは天然から得られるほか、工業的にも大量生産されている。エネルギー資源として利用される。
生物が関わる現象で、酸素の介在を伴わないこと、あるいは酸素が無い状態でのみ生じる条件。
逆に、酸素を使って生命現象を行う条件を「好気的条件」という。地下の環境は一般的に酸素の無い環境であるため、嫌気的な環境とみなされている。
メタン菌は、メタンを生成する古細菌(アーキア)の一群で、酸素を嫌う嫌気環境に生息する。水素や有機物を分解してエネルギーを得る際に、メタンを副産物として放出する。
英国の科学雑誌で、国際微生物学会連合(IUMS)の公式誌。微生物分類の専門誌となる。新種の微生物の命名規約ではIJSEMへの掲載のみを学名の正式発表としている。
微生物の同定の際に用いられる遺伝子。この遺伝子の塩基配列を特殊な装置で読み、その結果を既存のデータベースと比較することにより、どのような微生物であるかを推定することが可能である。
生物のすべての遺伝情報の集合。ゲノムとは、生物の細胞内に存在する遺伝子の総体を指す。全ゲノムを解析することで、その生物の進化的な特徴や機能、他の生物との関係を詳しく知ることができる。特に微生物の分類や新種の記載には、全ゲノムの解析とその情報の比較が重要な役割を果たす。
この図は、地下にいる2種類の微生物がどのように協力してメタンをつくるかを示しています。 新種の微生物のZ1-71T株は、ブドウ糖のような有機物を分解して、水素やギ酸(低分子量の有機物)を作り出します。すると、もう一方のT10T株というメタン菌が、それらをエネルギー源として使い、メタンガスをつくります。幌延の地下でも同じような仕組みで、地中にある有機物をエサにして、こうした微生物の“助け合い”によってメタンが生まれている可能性があります。
Shimizu et al. (2013) Methanoculleus horonobensis sp. nov., a methanogenic archaeon isolated from a deep diatomaceous shale formation. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology. DOI : 10.1099/ijs.0.053520-0