令和6年11月15日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

新しい加速器質量分析技術の開発に成功
~超小型化により学術・産業分野での利用を加速し、カーボンニュートラルの実現に貢献~

【発表のポイント】

図 AMSにおけるガスストリッパー法と新技術の結晶表面ストリッパー法との比較
小型化のために加速電圧を低くすると、ガスではビームの散乱角度広がりが大きくなってしまい、分析能力が低下してしまいます。それに対して、結晶表面を用いれば、散乱角度の広がりを狭くすることができます。これによりこれまでのような大型加速器が不要になります。

【概要】

本研究では、加速器質量分析装置(AMS)(※1)の超小型化に向けた新しい技術「結晶表面ストリッパー法」を開発しました(図)。

放射性炭素分析は、考古学や地質調査、生物由来の炭素含有量の測定など、さまざまな分野で需要が高まることが予想されます。この需要の高まりに応え、放射性炭素分析をより利用しやすく経済的にするために、超小型化AMSの開発に着手しました。

近年、AMS は小型加速器を使用したコンパクトなシステムの開発で大きな進歩を遂げてきています。装置をさらに小型化するためには、加速電圧を低くする必要があります。しかし、分析に余分な分子を除去する従来のガスストリッパー法では、加速電圧が低いほどビーム散乱が大きくなり、正確な分析が難しくなります。

そこで本研究では、新たな手法として「結晶表面ストリッパー法」を導入しました。この技術は、従来のガスストリッパー法(※2)に比べ、イオンビームの角度の広がりを抑え、イオンの損失を抑えた効率的なイオン検出を可能にします。本研究で得られた成果は、荷電変換(※3)能力、ビーム散乱(※4)角度の広がり、および表面散乱におけるエネルギー損失(※5)に関する新たな洞察を提供し、超小型AMSの開発を大幅に進展させ、AMS普及への道を開くものです。

今回の技術開発により、高レベル放射性廃棄物の地層処分事業における利用を含む地質学や考古学だけでなく、今後さらに幅広い分野で放射性炭素分析が手軽に利用できるようになり、温室効果ガス排出の規制や材料分析が求められる産業界においても、大きな利便性を提供できるようになります。

なお本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)東濃地科学センターの神野智史、藤田奈津子、木村健二、株式会社ペスコ(代表取締役 徳永博昭)の松原章浩らの研究グループにより行われました。

本研究成果は、2024年10月25日に国際学術雑誌「Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section B: Beam Interactions with Materials and Atoms」に掲載されました。

【背景】

放射性炭素(炭素14)は、年代測定や環境分析において非常に重要な役割を果たします。放射性炭素は、植物や動物などの有機物に取り込まれ、半減期5730年で減少していきます。そのため、放射性炭素の測定により、炭素を含む生物の生存時期が特定できます。例えば、考古学では遺跡や遺物の年代測定に、地質学では地層や化石の年代測定に使われています。また、近年ではゴムやプラスチックを対象に放射性炭素含有量を測定し、生物由来と石油由来の炭素の割合(バイオベース度(※6))を示すことで、環境負荷の評価にも利用されています。カーボンフットプリント(※7)に対して正確性や客観性を与えることができるため、再生可能資源の使用促進に繋がります。

放射性炭素の測定には、液体シンチレーションカウンター(LSC)(※8)やAMSが利用されます。LSCの測定時間は1~数日かかるのに対して、AMSでは数10分と測定時間が大幅に短く済みます。また、LSCに必要な試料量は0.1~数グラムであるのに対して、AMSでは数百マイクログラム~1ミリグラムとわずかな試料で炭素14を高感度で検出できます。このように、AMSは非常に古い物質の年代測定において優れた性能を発揮します。しかし、従来のAMS装置は大規模で高価なため、利用が限られていました。そこで、私たちは高まる分析ニーズに応えるため、大型の加速器を使用せずに放射性炭素分析をより手軽でコスト効率の高いものにするための、卓上型システムの開発に取り組んでいます(図1)。

AMSは2000年代以降、小型加速器を用いた装置開発が大きく進展し、放射線管理区域を必要としない設置が可能となりました。AMSには正確な分析をするために加速器の中央にガスストリッパーと呼ばれる、負イオンを正イオンに荷電変換し、分析に余分な分子(干渉分子(※9))を除去するフィルターがあります。これまで以上に小型化した卓上型放射性炭素分析システムを構築するためには、加速電圧を低くする必要がありますが、従来のガスストリッパー法では、加速電圧が低いほどビーム散乱が大きくなり、検出器に入って来る炭素14の量が低下してしまいます。さらに、ビームラインに漏出したガスと衝突した炭素12や炭素13が炭素14の軌道に混入してしまいます。そのため、正確な分析が不可能でした。

図1 典型的なAMSと開発した超小型AMSとの大きさ比較

【研究成果】

そこで、この課題を克服するために、従来の方法に代わる「結晶表面ストリッパー法」を提案し、コンパクトで高精度なシステムの実現を目指しました。今回の研究では、放射性炭素分析において、従来のガスストリッパー法に代わる「結晶表面ストリッパー法」の実用化に向けた重要な進展が得られました。この新しい手法により、約2m×2mのコンパクトな装置のプロトタイプを構築することができました。結晶表面においてイオンを鏡面反射させることで、従来のガスストリッパー法と比較して、イオンの角度広がりを効果的に抑えることに成功しました。

この「結晶表面ストリッパー法」は、表面でのイオン反射によって干渉分子の解離と荷電変換を促進し、効率的な放射性炭素分析を実現します。今回の実験では、結晶のへき開が容易で原子的に平坦な表面が得られる塩化カリウム結晶を使用して表面散乱を行い、イオンのエネルギー損失や荷電状態の割合を詳細に調査しました。特に、入射するビームのエネルギーの増加に伴い陽イオンの生成率が向上することが確認されました。

図2 超小型AMSの写真と概略図。

【今後の展望】

今回開発した結晶表面ストリッパーの技術は放射性炭素AMSの効率向上に大きな可能性を秘めています。今後さらにAMSに適した結晶表面の探索を進めることで、より高精度な分析が期待されます。そして将来的には下記のような分野の発展に貢献します。

【論文情報】

雑誌名:Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section B: Beam Interactions with Materials and Atoms

論文タイトル:Validation of crystal surface scattering method for downsizing accelerator mass spectrometry

著者名:神野智史※1, 松原章浩※2, 藤田奈津子※1, 木村健二※1

所属:※1日本原子力研究開発機構, ※2株式会社ペスコ

DOI:https://doi.org/10.1016/j.nimb.2024.165545

公表:2024年10月

【引用文献】

[1] A. Matsubara, N. Fujita, K. Ishii, Nucl. Instr. Meth. B, 437 (2018) 81.

[2] N. Fujita, A. Matsubara, K. Kimura, S. Jinno, Y.S. Kokubu, Nucl. Instr. Meth. B, 532 (2022) 13.

[3] 日本原子力研究開発機構ほか, イオンビーム機能性透過膜、イオンビーム機能性透過膜を用いたビームライン機器、イオンビーム機能性透過膜を用いたフィルター機器、フィルター機器の調整方法, 特許6569048 号, US11051390, 再公表特許.

※用語解説

1. 加速器質量分析装置(AMS: Accelerator Mass Spectrometry):

加速器質量分析装置(AMS)は、微量の放射性同位体を高感度で検出するための装置である。試料中の特定の同位体(例:炭素14)をイオン化し、加速器で加速した後、質量分析により同位体を分離・検出する。特に、放射性炭素年代測定や環境科学などで広く用いられる。従来の質量分析法と比べ、AMSは非常に高い感度を持ち、少量の試料でも精度の高い測定が可能である。

2. ガスストリッパー法:

ガスストリッパー法は、イオンの荷電状態を変換するために、イオンビームをガスに通過させる技術である。イオンがガス分子と衝突することで、電子が剥がされ(ストリッピング)、荷電状態が変化する。加速器質量分析装置(AMS)において、ガスストリッパー法は干渉分子の除去や荷電変換に使われる。

3. 荷電変換:

荷電変換は、イオンが他の粒子と相互作用して、その荷電状態(正または負の電荷)を変えるプロセスである。例えば、負に帯電したイオンが衝突によって電子を失い、正に帯電することがある。加速器質量分析装置では、荷電変換を利用して、イオンの検出や分離を効果的に行うことができる。

4. ビーム散乱:

イオンビームの散乱は、加速器で発生したイオンビームが他の物質に衝突した際、進行方向が変わる現象を指す。この散乱は、検出効率や測定精度に影響を与えるため、装置の設計では散乱を最小限に抑えることが重要である。

5. エネルギー損失:

エネルギー損失とは、イオンビームが物質と相互作用する際に、イオンの運動エネルギーが減少する現象である。イオンが物質を通過する過程で、物質中の原子や電子との衝突によりエネルギーが失われる。このエネルギー損失は、表面散乱や放射線分析において重要な要素であり、測定結果に影響を与えることがある。

6. バイオベース度:

バイオベース度は、製品中に含まれる再生可能資源(バイオマス)に由来する炭素と、石油などの化石資源に由来する炭素の割合を示す指標である。環境負荷を評価するために重要な要素であり、再生可能資源の利用拡大やカーボンフットプリントの削減に役立つ。バイオベース製品の認証や規制対応のために測定される。

7. カーボンフットプリント:

カーボンフットプリントは、製品やサービスのライフサイクル全体を通じて、直接及び間接的に排出される温室効果ガスの総量を、二酸化炭素換算で評価したものである。原材料の採取から製造、輸送、使用、廃棄までの各段階において発生する二酸化炭素排出量を合計して算出される。カーボンフットプリントは、気候変動対策として製品の環境負荷を可視化するための指標として使われ、製品の環境性能を評価するために重要な役割を果たす。

8. 液体シンチレーションカウンター(LSC: Liquid Scintillation Counter):

液体シンチレーションカウンターは、放射性同位体が放出する放射線を測定する装置である。放射性物質を液体シンチレーション剤と混合し、そこに含まれる放射性同位体が崩壊する際に放出される放射線がシンチレーション剤を励起し、光を発光させる。この光を検出し、放射線同位体の量を測定する。

9. 干渉分子:

炭素14を測定する際には、質量が近い12CH213CHが干渉し、正確な測定を困難にする。このような干渉分子を除去するために、AMSでは、ストリッパー法により干渉分子を解離させる。

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