令和6年7月19日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

岩盤に記録された“滑り痕”から、“隠れ活断層”検出の手がかりを発見
~精緻な地質調査により、地震発生前の“隠れ活断層”の推定が可能に~

【発表のポイント】

図 “隠れ活断層”周辺に分布する割れ目についた滑り痕の概念図

【概要】

国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)東濃地科学センターの西山成哲、中嶋徹、後藤翠、箱岩寛晶、長田充弘、島田耕史、丹羽正和の研究グループは、“隠れ活断層(※1)”が地下に存在することが分かっている地域における精緻な地質調査により岩盤中の割れ目に記録された多数の滑り痕のデータを取得しました。それらの解析結果から“隠れ活断層”の地表での検出に向けた手がかりとして重要な特徴を発見しました。

活断層は、断層運動に伴い地表に明瞭な“ずれ”が表れることで、その存在を認識することができます。そのため、活断層が地表に到達していない”隠れ活断層“の場合、その存在を認識することが極めて難しくなります。マグニチュード6~7の地震を発生させる活断層は、地表まで到達しておらず地下に隠れている場合がしばしばあり、このような“隠れ活断層”を地震発生前に把握することは現状では極めて難しいとされています。

そこで本研究は、1984年長野県西部地震(マグニチュード6.8)が発生したことにより、“隠れ活断層”の存在が明らかとなった長野県王滝村を対象に精緻な地質調査を行いました。調査では、岩盤を丹念に観察し、岩盤中の割れ目の表面に記録された滑り痕のデータを多数収集し、滑り痕の形成をもたらした応力(※2)の復元のための解析を行いました。その結果、 “隠れ活断層”の直上付近で“隠れ活断層”に作用した応力と整合的な応力が復元されました。これは、“隠れ活断層”のこれまでの繰り返しの活動に伴い形成された滑り痕が、断層直上に多数分布することを意味しており、“隠れ活断層”直上の地表における固有の特徴と考えられます。

本研究で取り入れた手法は、地表から“隠れ活断層”検出の手がかりを探すうえで有効な手法となる可能性があり、地震の防災・減災のためのハザードマップ作成に向けた調査や、高レベル放射性廃棄物の地層処分の調査へ反映できる重要な手法となることが期待されます。

本研究成果は、2024年6月7日に米国地球物理学連合(American Geophysical Union)の国際学術雑誌「Earth and Space Science」にオンラインで掲載されました。

【背景】

活断層は、過去数十万年前以降に繰り返し活動してきた断層で、将来もその活動によって地震を引き起こす可能性が高いです。このため、活断層の分布を把握することが地震防災上、極めて重要です。活断層の分布を把握するためには、航空写真を用いた写真判読、地形図の読図、現地調査などにより、活断層に伴う地形的な変状を認定することが基本となります。一方で、マグニチュード6~7クラスの地震を引き起こす活断層は地表まで到達せず、地形で認定できないケースがしばしばあります。このような“隠れ活断層”の存在を地震発生前に把握することは、現状では極めて困難とされています。

我々はこの課題を解決するため、断層周辺に発達する“ダメージゾーン”(※3)[1]に注目しました。ダメージゾーンとは、断層運動に伴い小規模な割れ目が形成される領域を指します。これまでの活断層の分布や活動性の検討では、その断層の中心が注目されてきましたが、“隠れ活断層”では断層の中心が地表では確認できないため、我々は断層の周辺に注目しています。ダメージゾーンは、断層の周辺に発達することが知られているため、活断層が地下に隠れている場合でも、ダメージゾーンは地表まで到達している可能性があります。ただし、ダメージゾーンに対しては、地形変状などの目視による変位だけで確認することが難しいため、岩盤中のわずかな滑り痕のデータから応力を検出する解析手法を新たに取り入れました。

岩盤中の割れ目には、すり傷のような滑り痕が観察されることがあります(図)。滑り痕は岩盤が割れ目に沿ってずれ動く際に形成され、その方位は岩盤にかかる応力を記録しています。ダメージゾーン内においては、活断層の運動をもたらした応力を記録した滑り痕が多く形成されている可能性が高いため、現地での精緻な地質調査および解析を行うことにより滑り痕のデータを取得し、岩盤にかかる応力を検出することで、ダメージゾーンの分布を把握できる可能性があります。ひいては、“隠れ活断層”の存在についても、地質調査により認識できることが期待できます。

【研究成果】

本研究では、長野県王滝村を対象に、精緻な地質調査を実施しました。この地域は、1984年に発生した長野県西部地震(マグニチュード6.8)の震源域であり、この地震の発生により”隠れ活断層”の存在が明らかになっています。“隠れ活断層”は、その地震データの解析から地下約1 kmに存在していることが知られています[2]。本研究では精緻な地質調査により、岩盤の割れ目に記録された滑り痕のデータを多数収集しました。収集したデータを多重逆解法(※4)[3]という手法で解析することにより、それらの滑り痕を形成した応力を復元しました(図1)。調査では、全344個の滑り痕のデータを収集し、調査地域の13の領域において応力の復元を行いました。

解析の結果、”隠れ活断層”の直上付近において、“隠れ活断層”に作用した応力と整合的な応力が復元されました。このことは、“隠れ活断層”に作用した応力と同様の応力の影響下で形成された滑り痕が多数存在することを意味しています。このような特徴は“隠れ活断層”の直上付近の領域に限られることから、これらの領域は断層周辺に発達するダメージゾーンである可能性があります。このように活断層による地形変状がない場所でも、地表に分布する割れ目に記録された滑り痕から“隠れ活断層”の分布を把握できると期待されます(図2)。

我々のグループは、1997年に発生した鹿児島県北西部地震(マグニチュード6.6)の震源域である鹿児島県北西部においても、同様の調査手法により、この地震に伴う”隠れ活断層”周辺に発達するダメージゾーンの分布を推定しています[4]。これらの研究の成果は、地表での“隠れ活断層”の検出に向けた新たな調査手法の構築に貢献するものであり、地震防災上の重要な知見となります。また、高レベル放射性廃棄物の地層処分の概要調査など、大規模な地下環境利用のための調査においても非常に有効な手法になると期待されます。一方で、“隠れ活断層”のダメージゾーンと思われる領域の広がりは現段階で不明であり、さらに広範な調査および解析が今後の課題となります。

図1 本研究における調査手順の概念図および解析結果の概要。滑り痕の形成に寄与した応力の復元には、複数の滑り痕のデータが必要となる。そのため現地で多数の滑り痕のデータを集め、それらを基に多重逆解法[3]を用いて滑り痕を形成した応力を復元した。上記の調査を行った結果、“隠れ活断層”の直上付近で、その断層運動に伴う応力を検出した。

図2 地表に露出した活断層と“隠れ活断層”の推定方法の違い。地表に露出した活断層の場合、断層運動に伴う地形変状が地表で認められるため、その地形から活断層を推定することが可能である。一方で“隠れ活断層”の場合、地表で明瞭な地形変状が認められないため、従来手法により活断層の存在を把握することが難しい。本研究により、岩盤中の割れ目についた滑り痕のデータを丹念に集め、解析することで、“隠れ活断層”の存在を把握するための重要な手がかりを得ることができると期待される。

【論文情報】

雑誌名:Earth and Space Science

論文タイトル:Analysis of the stress field around concealed active fault from minor faults-slip data collected by geological survey: an example in the 1984 Western Nagano Earthquake region

著者名:西山成哲※1,中嶋 徹※1,後藤 翠※2,箱岩寛晶※1,長田充弘※3,島田耕史※1,丹羽正和※1

所属:※1日本原子力研究開発機構,※2日本原子力研究開発機構(現 株式会社応用地質),※3日本原子力研究開発機構(現 日本大学)

DOI:https://doi.org/10.1029/2023EA003360

公表:2024年6月公開

【引用文献】

[1] 吉田ほか,断層周辺に発達する割れ目形態とその特徴-阿寺断層における‘ダメージゾーン’解析の試み.応用地質,2009, 50(1): pp.16-28.

[2] Yoshida & Koketsu, Simultaneous inversion of waveform and geodetic data for the rupture process of the 1984 Naganoken–Seibu, Japan, earthquake. Geophysical Journal International, 1990, 103(2): pp.355-362.

[3] Yamaji, The multiple inverse method: a new technique to separate stresses from heterogeneous fault-slip data. Journal of Structural Geology, 2000, 22(4): pp. 441-452.

[4] Niwa et al., Field-based description of near-surface crustal deformation in a high-strain shear zone: A case study in southern Kyushu, Japan. Island Arc, 2024, 33(1): e12516.

【特記事項】

本研究は経済産業省資源エネルギー庁委託事業「令和2~4年度高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(地質環境長期安定性評価技術高度化開発)」研究課題番号(JPJ007597)の一環で実施されたものです。

※用語解説

1. 活断層:

数十万年前以降に繰り返し活動し、将来も活動すると考えられる断層。現在、日本では2000以上もの活断層が見つかっているが、地下に隠れていて地表に現れない活断層も数多く存在するとされている。
参照:国土地理院HP
https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/explanation.html

2. 応力:

外力を受けて平衡状態にある固体中の任意の面にはたらく単位面積当たりの力のことを言う。震源域の応力が破壊強度より大きくなった時に地震が発生すると考えられている(狩野・村田著「構造地質学」朝倉書店)。
参照:文部科学省HP
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu6/toushin/attach/1330592.htm

3. ダメージゾーン:

断層および断層運動に伴って割れ目が形成される断層近傍の領域の事を指す。ダメージゾーンは、力学的に脆弱な場合が多く、また選択的な水みちとなる可能性もある。地下空間の設計や空洞維持の安全性、また水理・物質移動などの観点から地層処分などの大規模な地下環境利用において重要な地質構造要素である。([1]を参照)

4. 多重逆解法:

応力逆解析法の一種で、多数の断層滑りデータから複数の応力を復元解析する手法である。断層滑りデータの部分集合の繰り返し抽出と解析により多数の解を得て、それらが作る複数のクラスターをステレオ投影図にプロットする。([3]を参照)

参考部門・拠点:東濃地科学センター
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