令和5年6月16日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

「インダクタ」のサイズを10000分の1に!超小型化できる新原理を考案
―電子回路の小型・省電力化によるIoT社会の進展に期待―

【発表のポイント】

図1:本研究の成果の概要図。従来型インダクタ(コイル)に比べ、約10000分の1に小型化された「絶縁体インダクタ」の実現方法を発見した。

トポロジカル絶縁体とは:

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範、以下「原子力機構」という。)先端基礎研究センター スピン-エネルギー科学研究グループ 荒木康史研究副主幹と、家田淳一研究主幹は、電子回路の基礎となる素子インダクタ(注1)」の機能について、絶縁体の薄膜を用いることにより、従来型インダクタと同等の電力効率を保ちつつ、サイズを抜本的に小型化できる新原理を考案し理論的に検証しました

「インダクタ」は、コンピュータや携帯電話など、高速で電気信号を処理するあらゆる電子回路に必須となる素子です。電流の急激な変化を妨げるように電圧(誘導起電力)が発生し、この特性(インダクタンス(注2))に基づいて、交流回路を流れる高周波信号のフィルタリングや増幅、電圧のコントロールなどに使われます。従来から広く商業的に普及しているインダクタには、導線を何重にも巻いたコイルが用いられています。しかし、この形態のインダクタはどんなに小型でも0.1 - 1mm程度のサイズを占めるため、電子回路の小型化に限界を与える要因となっています

本研究では、絶縁体の薄膜を用いることにより、電力損失が少ないインダクタを極めて小さいサイズで実現できることを新たに理論提案しました。この新しいインダクタでは、絶縁体の中でも「トポロジカル絶縁体(注3)」及び「磁性絶縁体(注4)」と呼ばれる2種類を積層して利用します(図2参照)。トポロジカル絶縁体は内部に電流が流れず、表面だけに電流が流れるため、余計な電流による電力損失を起こしません。一方でその表面では、電気と磁気の相互変換(注5)が強く働き、交流電流を通して磁性絶縁体の磁気を振動させ、また、磁気の振動は交流電圧を生み出します。これにより、交流電流を流すと、(磁気の振動を介して)逆方向の交流電圧が発生する、インダクタンスに相当する機能が実現できることを発見しました。本研究で確立した理論による試算では、従来型(コイル)と同等のインダクタンスを、絶縁体インダクタではおよそ10 nm程度、すなわち従来型の約10000分の1という大幅な薄型で実現できるようになります(図1参照)。さらに、インダクタ動作の際の電力効率については、従来型の最高値に匹敵する電力効率を、絶縁体インダクタでも達成できます

本研究の成果は、電子回路の小型化と省電力化を両立する、基盤技術の足掛かりとなるものです。高周波電子回路中のインダクタを設計していくにあたって、本研究で示した基礎原理は簡潔かつ有用な方針を与えます。これまで高速・大容量な信号処理回路中で大きなサイズを占めていたインダクタを、大幅に小型化かつ省電力化することは、身の周りのあらゆる電子機器に高度な情報処理機能を搭載するための鍵となります。これにより、様々な電子機器がネットワークと連携して機能する「Internet of Things (IoT)」社会の進展に大きく貢献することが期待されます。

本研究の成果は、日本物理学会誌「Journal of the Physical Society of Japan」に6月16日(金)10時00分(日本時間)にオンライン掲載されました。

図2:本研究で提案した「絶縁体インダクタ」の構成の模式図。
「トポロジカル絶縁体」と「磁性絶縁体」の積層系において、接合面を流れる電流を用いる。

【これまでの背景・経緯】

現代社会では情報化の急速な発展に伴い、電子回路を用いた動作制御が、あらゆる機器において標準となってきています。電気自動車や航空機、人工衛星、産業機器や医療機器、さらには家庭用電化製品に至るまで、多種多様な電子回路において、要となる構成要素が「インダクタ」です。

インダクタは電子回路の基本的な部品の一種であり、電流の急激な変化を妨げるように電圧(誘導起電力)を発生させる、「インダクタンス」と呼ばれる特性を持ちます。電子機器を動作させるための電源回路では、電流の安定化や電圧の変換を実現するためにインダクタが必須となります。また、高速・大容量の信号処理回路の中では、インダクタは高周波数の信号を増幅したり、ノイズを除去したりする等の電子機器の安定な動作を助ける役割を果たします。

あらゆる機器がネットワークと接続して制御される「Internet of Things (IoT)」社会への変革に際し、インダクタの需要規模はさらに高まっています。様々な機器に電子回路を内蔵する必要があるため、その基本要素となるインダクタについても、個々の部品を「小型化」かつ「省電力化」することが求められています。インダクタの基本構成要素としては、磁性体(磁石)に導線を巻いたコイルが従来から広く用いられています。その基本原理として、インダクタンスの強さはコイルの大きさ(断面積)に比例するため、強いインダクタンスを得るためにはコイルを大きくする必要があります。現在のところ、商業的に用いられている高周波回路用のインダクタは、どんなに小型でも0.1 – 1 mm程度のサイズを占めるため、回路の小型化に際して不可避の障壁となっていました。

この原理的な障壁を回避すべく、コイルを用いない新たな形態「創発インダクタ(注6)」が、2019年に理論が考案され、のちに実証されました。創発インダクタは金属の磁性体を用い、磁性体の持つ磁気と、電流との間に働く量子力学的な相互作用を応用したものです(図3参照)。従来型のインダクタと異なり、創発インダクタのインダクタンスの数値は磁性体層の断面積に反比例します。そのため、磁性体層を薄くするほど強いインダクタンスを実現することができ、インダクタの「小型化」のための新技術として期待が持たれています。

しかし、創発インダクタには、インダクタ動作の際の電力効率が大幅に悪化するという問題がありました。創発インダクタは、磁性体中の磁気の振動(注7)によって動作しますが、このためには大量の電流を流す必要があります。金属中を流れる電流は電気抵抗の影響を受けるため、発熱(ジュール熱)によるエネルギー損失が避けられない問題となります。インダクタの電力効率を示す値「Q値(品質係数)(注8)」は、現時点で報告されている創発インダクタでは0.01を下回っています。これは、従来型インダクタにおけるQ値 = 10 - 100程度に比べるときわめて低い値であり、インダクタの「小型化」と「省電力化」は依然としてトレードオフの課題となっていました。

本研究では、インダクタの「小型化」と「省電力化」の要求を両立すべく、電気抵抗の影響を受けない「絶縁体」を用いたインダクタを考案し、その性質を解明しました。

【今回の成果】

本研究では、インダクタの小型化と省電力化を両立できる物質として、「トポロジカル絶縁体」と分類される物質に着目しました。金属は全体に電流を流すため、大量の電流が流れることにより大きなエネルギー損失が発生します。また、通常の絶縁体は一般に電流を通さないため、インダクタとして使用することはできません。一方で、トポロジカル絶縁体は内部に電流を通さず、表面だけに電流を通します。さらに、その表面では「トポロジカル電磁応答」と呼ばれる、電気と磁気の相互変換が強く働きます。表面での電気と磁気の相互変換を最大活用できる構造として、トポロジカル絶縁体の表面に磁性絶縁体を積層させた系(図2)を考え、電子回路中での動作を記述する基礎理論を構築しました。

この積層系に交流電流を流すと、電気と磁気の相互変換=「トポロジカル電磁応答」によって交流電流は磁性絶縁体の磁気の振動に変換され、更にこの磁気の振動は交流電圧に変換されます。この一連の動作について、電流と電圧の関係式を基礎理論から導出した結果、低周波数(約10Hz)から高周波数(約10GHz)に至るまでの周波数領域において、インダクタとして動作することを発見しました。

この「絶縁体インダクタ」の動作は表面電流で完結しており、内部に余計な電流を流す必要が無いため、抜本的な小型化(薄型化)・省電力化が可能となります。

このように、トポロジカル絶縁体を用いた絶縁体インダクタにおいては、電子回路の集積化のための条件となるインダクタの「小型化」「省電力化」を、どちらも損なうことなく両立できることを理論計算により検証しました(図3)。

図3:本研究で新たに予言した「絶縁体インダクタ」と、従来型インダクタ、及び創発インダクタの特性を比較した表。

【今後の展望】

本研究で開発した「絶縁体インダクタ」に関する基礎理論は、インダクタの「小型化」及び「省電力化」に際して、使用する物質の種類や適正な動作周波数等についての簡潔な設計方針を与えることができます。これによって選択された物質や動作条件の下でインダクタの特性をより詳細に調べていくことにより、電子回路の集積化を通して、本研究の成果はIoTに象徴される高度情報化社会の進展に大きく貢献することが期待されます。

【論文情報】

雑誌名:Journal of the Physical Society of Japan

タイトル:Emergence of inductance and capacitance from topological electromagnetism
(トポロジカル電磁応答に起因した創発インダクタンス・キャパシタンス)

著者:Yasufumi Araki and Jun’ichi Ieda

【助成金の情報】

本研究は、JSPS科研費/基盤研究(S) 19H05622、基盤研究(A) 21H04643、基盤研究(C) 22K03538、及び文部科学省卓越研究員事業の支援を受けて行われました。

【用語の説明】

(注1) インダクタ

電子回路を構成する基本的な部品(素子)の一種。交流電流に対して逆向きの電圧(誘導起電力)を発生させ、高周波の電流を抑えるような働きをします。高周波信号のフィルタリングやノイズの除去、特定周波数の信号の抽出(共鳴)等に使用され、高速で情報処理を行う電子機器には必須の素子です。

(注2) インダクタンス

インダクタが示す「交流電流に対して誘導起電力を発生させる」効果。インダクタンスの数値が大きいほど、強い誘導起電力を発生させます。インダクタンスの数値の単位は「H(ヘンリー)」で、高周波回路では1μH(1マイクロヘンリー = 0.000001ヘンリー)程度のインダクタがよく使われます。

(注3) トポロジカル絶縁体

内部では電気伝導を示さず、表面だけで電気伝導を示すような絶縁体の種類。電子の量子力学的特性「トポロジー」によって、表面や接合界面に乱れがある場合でも、表面(界面)伝導の効果は頑強に発現することが知られています。主な構成物質として、ビスマス(Bi)、アンチモン(Sb)、セレン(Se)、テルル(Te)などの化合物がよく使用されています。

(注4) 磁性絶縁体

磁気を持つ(磁石になる)絶縁体の種類。電気伝導は示さない一方で、外部から磁場などをかけることにより、磁気の振動は発生します。主な構成物質としては、イットリウム(Y)やテルビウム(Tb)等の希土類元素(R)を含む鉄ガーネット(R3Fe5O12)の他、上記のトポロジカル絶縁体物質にクロム(Cr)やマンガン(Mn)等の磁性元素を添加したものがよく使われます。

(注5) 電気と磁気の相互変換(トポロジカル電磁応答)

通常の物質では、電流が電圧を、磁場は磁気の振動を引き起こします。一方でトポロジカル絶縁体は、交流電流が磁気の振動を引き起こし、逆に磁気の振動は交流電圧を駆動するという特性を持ちます。

(注6) 創発インダクタ

2019年に理論提案された、新たなインダクタの実現方法。コイルを用いず、磁性体中の磁気の振動を用いてインダクタの機能を実現するものです。磁気の振動を駆動するために、金属中を流れる電流を使用します。

(注7) 磁気の振動

磁性体の持つ磁気(磁化)は向きを持ち、その向きは磁場や電流によって変化します。従って、振動する磁場や交流電流をかけることにより、磁気の向きは元々の位置から振動します。

(注8) Q値(品質係数)

インダクタの電力効率を特徴づける数値。「インダクタンスによって発生する誘導起電力」を、「内部抵抗によって発生する電圧」で割った値として定義されます。すなわち、内部抵抗の効果が小さいほど、Q値は大きくなります。

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参考部門・拠点:先端基礎研究センター
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