令和4年(2022年)2月10日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

津波による堆積物を特定する手法の適用範囲をさらに拡大
~江戸時代の津波の痕跡を宮崎平野で識別することに成功、津波防災へ貢献できる手法として期待~

【発表のポイント】

図1 宮崎平野における地球化学判別手法の適用
宮崎平野における津波堆積物を区別するための判別指標を本研究にて初めて発見。同手法により寛文日向灘地震(1662年)による津波堆積物を他の層から区別することに成功した。

【概要】

国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構(理事長 児⽟敏雄)東濃地科学センターの渡邊隆広研究副主幹、鏡味沙耶博士研究員、丹羽正和研究主幹らの研究グループは、宮崎平野から採取した過去の津波堆積物(※1)化学的な組成から判別を行う地球化学的判別(※2)を行いました。また、これに加え重鉱物の分析を行い、1662年の寛文日向灘地震(※3)による津波堆積物の特徴を明らかにすることで、他の堆積物と区別することに成功しました。本手法は、津波防災・減災計画を検討するにあたり重要となる津波の浸水域に関する情報をより精緻に得ることが可能であり、過去の津波がどこまで到達したかという情報を得ることによって、防災・減災計画の検討に貢献できることが期待されます。

地震等で発生する津波により、大量の土砂が海底や海岸から内陸側へ運ばれ、その土砂が津波堆積物として地層中に残されていきます。このように過去の津波の痕跡である津波堆積物を検出することで、今後起こる可能性のある津波浸水域の推測につながると期待されます。これまで、津波堆積物の同定・検出は、堆積した地層の特徴、粒子サイズや形状、同時に運ばれる海生生物の微化石などを手掛かりにして行われてきましたが、従来法では粒径の小さい泥サイズの津波堆積物の検出などは困難でした。そこで、著者らは化学組成などを手掛かりにして行う手法である地球化学的判別手法を提案してきました。本手法は、従来の方法では判別しにくい堆積層の特徴を知ることができるため、これまで見つかっていなかった僅かな津波の痕跡を発見するツールとして重要なものです。しかし、国内での研究例は少なく、対象地域も仙台平野や静岡平野などに限られていました[1][2]。

著者らは先行研究において仙台平野(2020,[1])および静岡平野(2021,[3])に本手法を適用し、仙台平野においてはナトリウム/チタン比などが、静岡平野においてはナトリウム/チタン比やクロム/チタン比などが津波堆積物を区別するための判別指標として有効であることを明らかにしました。今回の宮崎平野においては、試料中の微量元素であるジルコニウムが判別指標となることを初めて解明しました。さらに、重鉱物の分析によって、津波堆積物を構成する鉱物の中に比重の重いジルコン(※4)が含まれていることも初めてわかりました。津波による強い力でジルコン等の重鉱物が海岸付近から内陸側へ運ばれてきたことが推察されます。

仙台平野、静岡平野、宮崎平野で行った研究結果を踏まえると、津波堆積物への地球化学的判別手法の適用に際しては、試料そのものの化学的特徴に加え、周辺の地質の特徴などを把握し、それに応じた判別指標を用いることで、より確実な津波堆積物と他の堆積物の判別が可能となることがわかりました。

本手法をさらに広い範囲の試料に適用することによって、これまで十分に研究が進んでいなかった地域において新たな情報を得ることができるようになる等、より精緻な津波防災・減災計画の検討に貢献できる可能性があります。

本研究成果は、2021年12月28日にElsevier B.V. 発行の国際学術雑誌「Marine Geology」にオンラインで掲載されました。

図2 左図は宮崎平野での試料採取地点と津波堆積物層の写真。
右上図は津波堆積物の化学分析結果の一例。右下図は津波堆積物層から分離した重鉱物の一種であるジルコンの写真。比重が大きく通常は動きにくいジルコン粒子が津波による強い力で沿岸部から内陸へ運搬されたと推測している。

【背景】

日本列島の太平洋沿岸ではこれまでに繰り返し津波が発生してきました。津波によって内陸部に堆積した津波堆積物の一部は埋没し地層中に長期間保存されることがあります[1][2]。地層中から過去の津波堆積物を検出することで、過去の津波浸水域を復元することが可能になります。津波堆積物を検出するためには、堆積した地層の特徴、粒径分布、重鉱物組成、化学組成などの特徴を把握し複合的に解析する必要があります。このうち、特に地球化学的な特徴や重鉱物組成を明らかにすることで、津波堆積物の供給源や供給過程に関する情報が得られるため、これまでに検出できなかった津波堆積物を新たに発見することが期待できます。

これまでに化学分析を適用させたケースとして、仙台平野と静岡平野[3]で著者らによる先行研究が行われています。本研究ではプレート境界である南海-駿河トラフ沿いの宮崎平野の堆積物試料を用いて、化学分析や重鉱物の分析を行い、各層の特徴を明らかにすることで津波堆積物の判別を行いました(図2)。

【研究手法・研究成果】

本研究では、宮崎平野から採取した土壌試料から発見されている1662年の 寛文日向灘地震の津波堆積物層[4]について、解析を行いました。ポータブル蛍光エックス線装置を用いて化学分析を行った結果、津波堆積物層でジルコニウム/チタン比やストロンチウム/チタン比などが急激に増加していることを初めて明らかにしました(図3)。特に、津波堆積物層のジルコニウム/チタン比は上下層に比べて2倍以上、明瞭に高くなるということを新たに発見しました。ジルコニウムは海岸から津波で運ばれた重鉱物ジルコンの量を反映し、チタンはもともと内陸にある岩石の破片などに由来します。

さらに、化学分析データの主成分分析やクラスター分析といった統計解析を行った結果、化学組成の違いにより宮崎平野の津波堆積物を他の堆積物と区別することに成功しました。これにより、先行研究である仙台平野と静岡平野の津波堆積物に加え、宮崎平野においても地球化学的な判別手法が有効であることが示されました(図3)。また、仙台平野、静岡平野、宮崎平野以外の場所でも、地球化学的判別手法が適用できる可能性が示唆されました。

仙台平野の約1000年前の貞観津波堆積物では海岸から供給されるナトリウムと陸側から供給される岩石由来のチタンとの比(ナトリウム/チタン比)などが指標として有効でした。静岡平野の約4000年前の津波堆積物ではナトリウム/チタン比やクロム/チタン比などが指標として有効でした。今回の宮崎平野では、試料中の微量元素であるジルコニウム/チタン比が判別に有効であることを初めて解明しました。これは津波堆積物の供給源の一つである海岸の砂やその砂のもとになる周辺の地質の違い(河川上流域の岩石や鉱物組成の違いなど)によるものと考えられます。したがって、津波堆積物への地球化学的判別の適用には各地域での地質の違いなどを考慮することがさらに有効であることがわかりました。

また、宮崎平野では重鉱物の分析を行い、微小サイズのジルコン粒子が含まれていることを初めて明らかにしました(図2)。ジルコンは比重の大きい重鉱物の一種です。従来法では砂サイズの粒径の大きな鉱物を観察する手法が用いられていましたが、今回は試料の前処理手法として化学処理を新たに適用することで、これまで津波堆積物中からは発見されていなかった泥サイズの微小なジルコンを観察することが初めてできました。重鉱物であるジルコンは比重が比較的大きいことから、当時の津波による強い力で海岸付近から運ばれてきたと推察しています。実際に現在の海岸の重鉱物組成と、津波堆積物の重鉱物組成はよく似ているということも本研究により初めてわかりました。ジルコン等の重鉱物の運搬や堆積については地形的な影響を受けるため、宮崎平野においては水平方向の分布をより詳細に調査する必要があります。

今後は地球化学的判別手法を日本海側等も含めさらに広範囲への適用することで、他の地域でも、過去の津波被害について新たな情報を得ることができるようになる可能性があります。これにより、広範囲における精緻な津波防災・減災計画の検討への貢献が期待されます。

図3 宮崎平野、静岡平野、仙台平野の津波堆積物の化学分析結果の比較。
左図は宮崎平野の堆積物試料中のジルコニウムとチタンの比率の鉛直分布を示す。左図の灰色で示した層は1662年 寛文日向灘地震の津波堆積物層に相当する。試料の津波堆積物層ではジルコニウムとチタンの比率が急激に増加していることが明らかになった。化学組成の違いにより津波堆積物と他の層とが明確に区別されることがわかった。

※用語解説

1.津波堆積物:

津波によって海底あるいは海岸の堆積物が削り取られ、その後別の場所に堆積した砂泥および礫(れき)の総称。

2.地球化学的判別手法:

天然試料の化学組成や同位体組成などの地球化学的な特徴を基に、物質の供給源や形成過程を推定するための手法。

3.寛文日向灘地震:

1662年(寛文2年)に日向灘沖で発生した地震。地震の規模はマグニチュード7.6、津波の高さは4~5 mと推定されている 。

4.ジルコン:

ジルコニウム(Zr)を含むケイ酸塩鉱物。化学組成はZrSiO4。風化や変質に強く長期間地層中に保存される。ジルコンなどの比重が大きい鉱物(密度 2.85 g/cm3以上)は重鉱物と呼ばれる。重鉱物の分布には地域的な特徴がみられることが多く、供給源の推定などに用いられる。

【論文情報】

雑誌名:Marine Geology

論文タイトル:Geochemical and heavy mineral signatures of marine incursions by a paleotsunami on the Miyazaki plain along the Nankai–Suruga trough, the Pacific coast of southwest Japan

著者名:渡邊隆広,鏡味沙耶,丹羽正和

所属:日本原子力研究開発機構

DOI:https://doi.org/10.1016/j.margeo.2021.106704

公表:2021年12月28日オンライン公開

【引用文献】

[1] Watanabe et al., A geochemical approach for identifying marine incursions: Implications for tsunami geology on the Pacific coast of northeast Japan. Applied Geochemistry, 2020. 118: p.104644.

[2] Watanabe et al., Quantitative and semi–quantitative analyses using a portable energy dispersive X–ray fluorescence spectrometer: Geochemical applications in fault rocks, lake sediments, and event deposits. Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 2021. 116: p.140-158.

[3] Watanabe et al., Geochemical characteristics of paleotsunami deposits from the Shizuoka plain on the Pacific coast of middle Japan. Geochemical Journal, 2021. 55: p.325-340.

[4] Niwa et al., Seismic subsidence near the source region of the 1662 Kanbun Hyuganada Sea earthquake: Geochemical, stratigraphical, chronological, and paleontological evidences in Miyazaki Plain, southwest Japan. Island Arc, 2020. 29: e12341.

【特記事項】

本研究の一部は2017年度から2019年度の科学研究費補助金(基盤研究(C) 17K06989)の支援を受けて行われました。

参考部門・拠点:東濃地科学センター
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