令和3年(2021年)11月4日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
東北大学大学院
静岡大学
名古屋大学大学院
金沢大学
国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構(理事長 児⽟敏雄)東濃地科学センターの渡邊隆広研究副主幹は、東北大学大学院(総長 大野英男)環境科学研究科の土屋範芳教授、山崎慎一博士、静岡大学(学長 日詰一幸)理学部・防災総合センターの北村晃寿教授、名古屋大学大学院(総長 松尾清一)環境学研究科 日本学術振興会特別研究員RPD及び金沢大学(学長 山崎光悦)環日本海域環境研究センター連携研究員の奈良郁子博士と共同で、静岡平野から採取した過去の津波堆積物(※1)の化学分析を行い、津波堆積物と他の堆積物とを区別する手法を構築しました。
津波堆積物は過去の浸水被害の証拠とされています。過去の津波の頻度や規模、浸水域を明らかにすることにより得られる情報は、津波災害への対策を検討する際の重要な情報となります。津波堆積物を検出する際には、洪水などの津波以外の要因による堆積物との区別が必要であり、そのための調査手法を構築することが極めて重要となります。
本研究の対象地域とした静岡平野は、過去の地震による津波被害を何度も経験している地域です。一方で、大雨による洪水被害の多い地域でもあります。さらに、本地域は土地造成等により人工的に地層の改変が行われており、地中深くにある津波堆積物等が発見されることは多くありませんでした。このことから、特に静岡平野の津波堆積物の地球化学的な研究はこれまでに行われていませんでした。
本研究では、まず、静岡平野から採取したボーリングコア試料についてエネルギー分散型蛍光エックス線分析装置による分析を行い、河川の氾濫により生じた洪水堆積物等と静岡平野の過去の津波堆積物それぞれの化学的な特徴を明らかにしました。これに加えて、クラスター分析(※2)などの統計解析を行うことにより、津波堆積物と他の堆積物とを区別することに成功しました。
本手法を用いることで、これまで目視では判別できなった僅かな津波の痕跡が見つかる可能性があり、このような過去の津波被害の推定手法に関する研究成果によって、地域の防災・減災を検討する上で重要な情報を提供することにつながることが期待されます。
本研究成果は、2021年10月に日本地球化学会発行の国際学術雑誌「Geochemical Journal」にオンラインで掲載されました。
過去に繰り返し発生した津波の規模を明らかにすることにより、将来起こりうる大規模な津波災害の防災、減災につなげることができると期待されています。とりわけ2011年の東北地方太平洋沖地震・津波の発生以降は、これらの理由から津波堆積物の研究の重要性がさらに高まっています[1][2][3]。被害規模を復元するためには、地層中から津波堆積物を検出し分布範囲や粒子の大きさ等の堆積層の特徴を把握する必要がありますが、津波堆積物を検出する際に、洪水などの津波以外の要因による堆積物との区別が必要となります。
この課題を解決するためには科学的なデータにもとづいた津波堆積物の同定手法の開発が必要となります。しかし、陸域の堆積物は風雨の影響や人為的にかく乱されるケースが多く、津波堆積物を区別する普遍的な手法は未だ確立されていません。本研究を進めることにより、より精度の高い過去の災害規模復元に関する手法を確立することが期待されます。
これまでに本論文の共同研究者である静岡大学の北村教授らは、静岡平野の津波堆積物について粒子の大きさや形状の特徴をもとに地質学的な研究を進めてきました[3]。本研究グループでは、さらに新たな視点として津波堆積物の地球化学的な特徴に注目し研究開発を行いました(図1、2)。地球化学分析により、目視では判別できなった僅かな津波の痕跡を地層中から見つけることが可能になります。
研究対象としたのは先行研究により過去約1000年前、3500年前、4000年前の3つの津波堆積物が含まれていることが明らかになっている[3]静岡平野の合計6地点から採取された長さ約8mのボーリングコア試料です。本研究では、まず、各堆積物の化学的な特徴を明らかにするため、これらの試料の化学分析等を行いました。エネルギー分散型蛍光X線装置を用いて、試料に比較的多く含まれるナトリウム等の24元素の分析を行った結果、津波堆積物のナトリウムとチタンの相対比(各元素の存在比)が上下の層の堆積物に比べて明瞭に高いことを初めて明らかにしました(図3)。従って、今回のケースではナトリウムとチタンという単純な指標で津波堆積物を検出できることが示されました。ナトリウムの大部分は津波による海砂や海水由来、チタンは陸上から河川等を経由して常に供給されている岩石や鉱物の破片等に由来すると考えられます。さらにストロンチウムとチタンの相対比でも同様の傾向が見られました。一つではなく複数の指標を用いることで津波堆積物をより正確に検出できる可能性が高くなりました。これに加え、クラスター分析等の統計解析を行った結果、化学組成の違いにより静岡平野の約3500年前の津波堆積物と他の層とが明確に区別されることを初めて明らかにしました(図3)。
本研究により、静岡平野の津波堆積物の化学的特徴について十分な知見を得ることができました。津波堆積物と他の堆積物とを区別する手法については、静岡平野と仙台平野[1]の2カ所で実用例を確認することができました。さらに広範囲及び異なる時代に形成された津波堆積物について本手法の適用性を評価していくことが重要です。また、本手法の応用として、地層科学研究では活断層と非活断層の判別や、地下における酸化還元環境の推移の把握等への適用が期待されます。
津波によって海底あるいは海岸の堆積物が削り取られ、その後別の場所に堆積した砂泥および礫(れき)の総称。(「産業技術総合研究所 津波堆積物データベース」より参照)。
分析データを類似性の高いグループごとに分類する統計解析手法。例えば、海由来か陸由来かの区別等、供給源の異なる試料を分ける手法の一つとして用いられている。
雑誌名:Geochemical Journal, 55, 325-340 (2021)
論文タイトル:Geochemical characteristics of paleotsunami deposits from the Shizuoka plain on the Pacific coast of middle Japan
著者名:渡邊隆広1,土屋範芳2,北村晃寿3,山崎慎一2,奈良郁子4, 5
所属:1. 日本原子力研究開発機構 2. 東北大学大学院環境科学研究科 3. 静岡大学理学部・防災総合センター 4. 名古屋大学大学院環境学研究科 5. 金沢大学環日本海域環境研究センター
DOI:10.2343/geochemj.2.0641
公表:2021年10月20日オンライン公開
[1] Watanabe et al., A geochemical approach for identifying marine incursions: Implications for tsunami geology on the Pacific coast of northeast Japan. Applied Geochemistry, 2020. 118: p.104644.
[2] Watanabe et al., Quantitative and semi–quantitative analyses using a portable energy dispersive X–ray fluorescence spectrometer: Geochemical applications in fault rocks, lake sediments, and event deposits. Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 2021. 116: p.140-158.
[3] Kitamura et al., Identifying possible tsunami deposits on the Shizuoka Plain, Japan and their correlation with earthquake activity over the past 4000 years. The Holocene, 2013. 23: p.1684-1698.
各研究機関の役割は以下の通りです。
原子力機構:研究総括、データ解析、考察
東北大学、名古屋大学、金沢大学、:化学分析、考察
静岡大学:試料採取、考察
本研究の一部は2017年度から2019年度の科学研究費補助金(基盤研究(C) 17K06989)の支援を受けて行われました。