先端X線分析により原発事故由来の不溶性セシウム粒子の生成・放出過程を解明

発表者:

三浦  輝(研究当時:東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 修士課程2年/現:電力中央研究所 研究員)
栗原 雄一(研究開始時:東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 特任研究員/現:日本原子力研究開発機構人形峠環境技術センター 任期付研究員)
山本 政儀(研究当時:金沢大学環日本海域環境研究センター 教授/現:金沢大学理工研究域 特任教授)
坂口  綾(筑波大学数理物質系/アイソトープ環境動態研究センター 准教授)
関澤 央輝(高輝度光科学研究センター分光・イメージング推進室 主幹研究員)
新田 清文(高輝度光科学研究センター分光・イメージング推進室 研究員)
桧垣 正吾(東京大学アイソトープ総合センター 助教)
津旨 大輔(電力中央研究所 副研究参事)
板井 啓明(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 准教授)
高橋 嘉夫(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 教授/高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 フォトンファクトリー客員教授)

発表のポイント:

発表概要:

不溶性セシウム粒子(CsMP)は、FDNPPから放出されたRCsを濃集する微粒子であるが、環境中で採取された数が少ないため、その形成・放出過程、周辺での分布状況、形状や元素組成の系統的理解は進んでいなかった。また、微粒子であるため分析可能な手法が少なく、その完全な性状解明は未だ途上にある。東京大学大学院理学系研究科の三浦輝大学院生(研究当時:修士課程2年)・栗原雄一特任研究員(研究開始時)・高橋嘉夫教授らの研究グループは、効率的な分離手法(粒子を水に懸濁させて二分割し放射能測定を繰り返す)を開発し、道路粉塵などの環境試料から67個に及ぶ多数のCsMPを分離することに成功した。さらに同研究グループは、放射光施設(SPring-8(注2)および高エネルギー加速器研究機構 フォトンファクトリー(注3))で進める最先端X線分析(マイクロX線CT分析、マイクロビーム蛍光X線分析)を適用することで、主に50~400µmのCsMP(Type-B、1号機由来)の内部構造・空隙率や微量元素比を明らかにし、その結果を数µmの球状粒子であるType-AのCsMP(2,3号機由来;主に2号機とみられる)の結果と比較した。その結果、CsMP(Type-B)には球状と不定形の2種の形状があり、これらは最大で50%に及ぶ空隙率を示した。また空隙率を補正した正味の体積当たりの137Cs放射能は、球状Type-A粒子>球状Type-B粒子>不定形Type-B粒子であり、マイクロビーム蛍光X線分析から得られた揮発性元素と非揮発性元素の比も考慮すると、(i)球状粒子は原子炉内気相中で生成した球形シリカ(SiO2)粒子が揮発性元素を取り込んだもの、(ii)不定形粒子は原子炉内の構造物上でメルトが冷えて生成したもの、であると推定された。これらは、CsMPの生成過程、各号機から外部への放出過程、環境中での分布状態の解明に資するとともに、今後の我が国の原発の安全な廃炉作業の推進にも貢献する。

発表内容:

<研究の背景・先行研究における問題点>

2011年の東日本大震災に伴って起きたFDNPP事故では、RCsが環境中に大気エアロゾル(注4)として放出され、周辺環境に沈着し、9年が経過した現在でもその影響は続いている。こうしたRCsが放出された際のその化学状態とその後の環境中での挙動については、水溶性エアロゾルとして放出されて土壌沈着後に層状ケイ酸塩に強く吸着されることが分かっている。一方で、一部のRCsは、原子炉内で生成した非晶質シリカ(SiO2)を主成分とする大きさ数µmの球状粒子(Type-A)あるいは50~400µm程度の不定形の粒子(Type-B)に高濃度に含まれる不溶性セシウム粒子(CsMP)として存在することが分かっている。このRCsを含むCsMPは水に難溶性であるため、環境中に長く残留して周辺環境や生体に長期間影響を与える可能性があるが、その生成過程や周辺環境での分布には不明な点が多い。また、こうしたCsMPの物質科学的な研究は、CsMPが原子炉内で生成した環境、ひいては事故時の炉内の状況を推定する上でも重要な意味を持つ。本研究では、環境試料からCsMPを効率的に分離する方法を開発し、最先端のX線分析法を適用することで、これまで数個程度のCsMPの分析に関する研究が多かったのに比して、多数のCsMPを分析することで、そのCsMPの形成過程、各号機から外部への放出過程、周辺環境での分布状態、CsMPの形状やRCs濃度と内部構造・空隙率との関係、元素比も加味したCsMPの炉内生成環境の推定などを行い、CsMPの実態解明に大きく貢献した。

<結果と考察>

具体的な結果とその考察は以下の通りである。

(1) 100カ所以上の道路粉塵から分離した67個のCsMPの分析を行った。過去の研究は数個~10個程度のCsMPを対象にしたものがほとんどで、本研究はCsMPの特徴の系統的な理解に大きな貢献をしている。

(2) CsMPの形状とCs同位体比の測定(図1)から、これらは2, 3号機(主に2号機)由来で大きさ数µmの球状のType-Aと、1号機由来で50~400µm程度のType-B(形状は球状と不定形がある)に分類できることが分かり、Type-Bの方がよりFDNPP近傍に分布することが分かった。

図1:134Cs/137Cs比の分析による各粒子を放出した号機の推定。

(3) 放射光(SPring-8)のビームラインBL37XUを用いたマイクロX線CT分析により、粒子内部の空隙構造や全体に占める空隙部分の体積比(空隙率)を得た。その結果、Type-Bは空隙率が高い(最高50%程度)特徴を持つことが分かった(図2)。各CsMPのRCsの放射能は、空隙率を補正した各粒子の正味の体積に比例していた。またRCs濃度(単位体積当たりの放射能)は、Type-A>球状のType-B>不定形のType-Bとなっていた(図3)。これは球状のものは気相中で急速に冷却・固化して形成し、その際揮発性の高いCsが他の元素に比べて多く取り込まれたことを示す。一方、不定形粒子は固相表面で冷却して生成したと考えられ、他の多くの難揮発性元素の共存により希釈され、RCs濃度は低くなったと考えられる。

図2:CsMPの空隙構造の解析例と鉄のK吸収端前後によるマイクロX線CT分析による鉄の3次元分布(3D)の決定。下記URLより、X線CT画像をご覧いただけます。

動画:左は球形Type-BのCsMPのマイクロX線CT分析の3次元像を示した動画。同様に右は不定形Type-Bの動画。

図3:マイクロX線CT分析により得られた球状Type-A、球状Type-B、不定形Type-BのCsMPの各粒子の体積と137Cs放射能の関係。

(4) 放射光(高エネルギー加速器研究機構 フォトンファクトリー(PF))のビームラインPF BL-4AでのマイクロビームX線を用いた蛍光X線分析から、Csと同様に揮発性元素であるルビジウム(Rb)と難揮発性元素であるストロンチウム(Sr)のRb/Sr比は、Cs濃度と相関し、球状粒子では高く、不定形粒子では低くなることが分かった(図4)。これは(3)で示した通り、球状粒子は気相中で生成しCsをより選択的に取り込む一方、不定形粒子はメルトが固相表面で冷却した結果、難揮発性元素を多く含むというモデルと整合的である。

図4:マイクロビームX線を用いた蛍光X線分析により得られたRb/Sr比と137Cs放射能の関係。

(5) これらの結果から、水素爆発によって原子炉建屋の屋根が失われた1号機では気相で生成した球状粒子と固相表面で生成したより大きな不定形粒子の両方が外部に放出されたのに対して、屋根が残った2号機では気相中で比較的安定に存在できる微小粒子が、建屋のわずかな隙間(ブローアウトパネルなど)から環境中に放出されたと考えられる(図5)。

図5:本研究から推定される1号機および2号機からのCsMPの放出プロセス。

<社会的意義・今後の予定>

これらの結果は、実体が不明確なCsMPの生成過程、地理的分布、形状・空隙率、微量元素組成などについて、多数のCsMPを回収し先端X線分析を適用して得た先端性・新規性が高い成果である。特に形状や空隙率とRCs濃度や微量元素組成を関係付けることで、2号機由来の球状Type-A、1号機由来の球状Type-Bおよび不定形Type-Bの生成過程、各号機の事故経過との整合性、環境中での分布に多くの知見や示唆を与えた。これらは、今後のRCsの環境中での移行挙動予測において重要な基盤となるとともに、今後数10年かけて行われる廃炉作業を安全に進める上でも、多くの貴重な情報を与える。

<付記>

各研究者の役割は以下の通りです。
研究の計画及び論文の作成:三浦、高橋
道路粉塵試料の採取:山本、坂口
バルク試料のガンマ線測定:山本、坂口、山口
不溶性セシウム粒子の単離及びSEM分析:三浦、栗原
不溶性セシウム粒子のガンマ線測定:三浦、栗原、桧垣
不溶性セシウム粒子の放射光分析:三浦、栗原、板井、関澤、新田、高橋
解析結果に関する議論:共同研究者全員
研究の監督・指揮:栗原、津旨、高橋
統括:高橋

発表雑誌:

雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版7月21日掲載)

論文タイトル:Characterization of two types of cesium-bearing microparticles emitted from the Fukushima accident via multiple synchrotron radiation analyses

著者:H. Miura*, Y. Kurihara*, M. Yamamoto, A. Sakaguchi, N. Yamaguchi, O. Sekizawa, K. Nitta, S. Higaki, D. Tsumune, T. Itai, and Y. Takahashi*

DOI番号:10.1038/s41598-020-68318-2

アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41598-020-68318-2

用語解説:

(注1)CsMP

不溶性セシウム粒子。Radiocesium-bearing microparticleの略。通常0.1~400µm程度の大きさで、マスコミ等ではしばしば「セシウムボール」と呼ばれる。

(注2)SPring-8

兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す、理化学研究所が所有する大型放射光施設で、その利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。

(注3)フォトンファクトリー

茨城県のつくば市にある高エネルギー加速器研究機構の放射光施設。X線領域の光まで発生する放射光施設としては日本で最初に放射光の発生に成功した(1982年)。フォトンファクトリーは「光の工場」という意味で、略してPFとも呼ばれる。PFでは数度の大きな改造を行い、放射光の高輝度化を図りつつ、最新の技術を取り入れた実験装置の開発や実験環境の整備によって、広い分野の物質・生命科学研究に貢献している。

(注4)大気エアロゾル

粉塵、浮遊粉塵、大気粉塵などとも呼ばれる。微粒子と気体とが混合した分散系のこと。

参考部門・拠点: 人形峠環境技術センター

戻る