平成31年3月29日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

いつ山は高くなったのか? 山地形成過程の解明に新たなアプローチ
-大量の鉱物粒子の迅速な元素分析を可能にする高速定量分析技術の開発-

【発表のポイント】

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄)東濃地科学センターネオテクトニクス研究グループの清水麻由子らは、山地の形成過程の解明に有効な砕屑性堆積物1)の供給源推定のための新たな手法として、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)2)を用いて大量の重鉱物3)の化学組成を1粒子ずつ迅速に分析し、そのデータをもとに重鉱物の種類の判定と存在比の計測を効率よく行うことのできる手法を開発しました。さらに、開発した手法を岐阜県東濃地域に分布する砕屑性堆積物(東海層群土岐砂礫層)に適用し、手法の有効性を確認しました。

本手法は山地の形成過程を解明する上で有効な方法として、国際学術雑誌の「Island Arc」に掲載されました。なお、本研究は、地層処分技術の研究開発における地質環境の長期安定性に関する研究の一環として、経済産業省資源エネルギー庁の委託事業(地質環境長期安定性評価確証技術開発)の中で行ったものです。

図1. 堆積物から抽出された重鉱物粒子の化学組成分析に用いる装置「電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)」(左)。大量の重鉱物粒子を連続して分析するため、測定用のガラスプレートに数百個の重鉱物粒子を並べて固定する(右)。重鉱物粒子1個の大きさは0.25mm程度。

【研究の背景と目的】

原子力発電に伴い生じる高レベル放射性廃棄物の地層処分は、金属材料等からなる人工バリアと天然の地層を適切に組み合わせた多重バリアシステムによって、数万年以上に及ぶ極めて長い時間のスケールで廃棄物を人間の生活環境から遠ざけることにより安全を確保しようとするものです。日本列島は変動帯に位置しており、諸外国に比べて地殻変動や火成活動などが活発であるため、将来の自然現象に伴い地下の環境がどの程度変動するかを把握しておくことが重要となります。将来の地下の環境の変動を評価する上では、過去の地下の環境の変遷を解読し、その傾向を将来に向けて外挿して予測する必要があります。

高レベル放射性廃棄物の地層処分の安全性評価において対象となる、数万年を超えるタイムスケールの中では、将来的に地下水の流れなどの地下の環境を変化させるような地形変化も起こり得ます。そのため、「いつ山が高くなったのか」といった、山地の形成過程に関する情報を得ることは、将来の地下の環境の評価において重要です。

山地を構成する岩石は風化などによって岩石片や鉱物粒子になり、それらが水や風などによって運搬され集積することにより砕屑性堆積物が形成されます。砕屑性堆積物は元の岩石の情報を保持している場合が多いため、砕屑性堆積物の供給源とその変化を堆積学的・岩石学的に推定すること(以下、後背地解析と呼びます)は、山地の形成過程に関する情報を取得する上で特に有効な手法の一つです。砕屑性堆積物は平野や盆地に広く分布することから、後背地解析は幅広い地域に適用できる手法であると言えます。

砕屑性堆積物の後背地解析では、堆積物とその供給源の山地を構成する岩石とを、何らかの物質を指標として対比することが基本となります。本研究では、対比の指標として岩石に含まれる重鉱物を用いました。重鉱物の中には風化しにくい種類のものが存在し、また、同じ種類(化学式や結晶構造が同じ)でも供給源の岩石が異なると化学組成にわずかに違いが見られる場合があります。このため、重鉱物の種類・存在比・化学組成は供給源の岩体とそれに由来する砕屑性堆積物とを対比する上で重要な手かがりとなります。

過去にも後背地解析の指標として重鉱物を用いた研究例はありますが、それらの研究で用いられている手法には、(1)鉱物鑑定の専門知識や経験を必要とする、(2)取り扱う試料の量が膨大であり、指標とする重鉱物を試料から選別して取り出すのに時間がかかる、という課題がありました。

このような課題を克服するため、本研究では汎用的かつ効率的に後背地解析を行うことのできる新しい手法の開発を目指しました。

【研究の成果】

本研究では、砕屑性堆積物の試料および供給源と考えられる複数の岩石の試料から重鉱物を種類の区別なく数多く取り出し(図1)、それらの化学組成をEPMAにより1粒子ずつ分析しました。後背地解析では、各試料の全体的な傾向を把握するために多量の鉱物粒子を分析することが必要になることから、分析の際には測定時間を可能な限り短くできるように分析条件を設定し、1粒子あたり約3分半で分析することができるようにしました。そして、このようにして得られた全ての化学組成データをまとめて表計算ソフトに入力(コピー・アンド・ペースト)するだけで、各種の重鉱物の化学組成データと機械的に照らし合わせ、測定した鉱物粒子の種類を一度に判定できるようにしました。この方法は化学組成データに基づく機械的な鉱物鑑定であるため、従来のように作業者が1粒子ずつ顕微鏡で確認しなくても、堆積物やその供給源候補の岩石に含まれる重鉱物の種類や存在比の情報を得ることができます。これにより、作業者が鉱物鑑定に不慣れな場合でも、従来の手法に比べて短時間で多量の鉱物粒子を取り扱うことができるようになりました。

このようにして得られた重鉱物の種類や存在比、化学組成の情報に基づいて、砕屑性堆積物とその供給源候補の岩石とを対比し、砕屑性堆積物の供給源を推定しました。本手法を適用した試料は、岐阜県東濃地域に分布する砕屑性堆積物(土岐砂礫層)とその供給源と推定されている岩石(苗木・上松花崗岩、濃飛流紋岩)です。その結果、本研究から推定される供給源の変化とその時期が、過去に別の研究手法で推定されたこの地域の地形・地質の分布の変化・時期と整合的であったことから、本手法の有用性を確認することができました(図2)。

図2. 本研究で用いた土岐砂礫層の試料を採取した地点とその周辺地域の地質概略図。水色の線は川を表し、北から南に向かって流れている。本研究で新たに開発した手法により、本研究の試料採取地点に供給された砕屑性堆積物は、濃飛流紋岩類由来のものから苗木・上松花崗岩由来のものに変化していったことが分かった。この結果は、この地域でかつて(a)のように岩石(濃飛流紋岩類、苗木・上松花崗岩)が分布していたが、その後の阿寺断層の活動(左横ずれ・北東側隆起)により岩石の分布が(b)のように変化したことを裏付けるものである。

【今後の期待】

本研究で開発した手法により、作業者の鉱物鑑定技術に頼ることなく、多量の重鉱物粒子から種類・存在比の情報を効率的に得られるようになりました。本研究で開発した手法では重鉱物の化学組成に基づいてその種類を判定しているため、従来行われてきたように種類・存在比の情報を得るための偏光顕微鏡による鉱物鑑定と、化学組成の情報を得るための化学分析を別々に行う必要がありません。

今後は、本研究で対象とした試料とは種類・性質の異なる他の地域の試料に本手法を適用し事例を増やすことによって、手法の汎用性や分析精度の向上を実現することが期待されます。さらに、年代や供給源の分かっていない試料に対して本手法を適用することにより、地質環境の長期安定性評価技術(地下の環境において地層処分の安全性に影響を与えるような変化が数万年以上にわたり生じないかどうかを調べるための技術)の高度化や、山地の形成過程の解明に係る地球科学分野の研究の発展に寄与することが期待されます。

【論文掲載情報】

雑誌名:Island Arc, Volume 28, Issue 2, e12295 (2019)

論文タイトル:Provenance identification based on EPMA analyses of heavy minerals: Case study of the Toki Sand and Gravel Formation, central Japan

著者:清水麻由子a、佐野直美a、植木忠正a、小松哲也b、安江健一a、丹羽正和a

a 日本原子力研究開発機構 東濃地科学センター 地層科学研究部

b 日本原子力研究開発機構 もんじゅ運営計画・研究開発センター プラント技術支援部

【用語解説】

1) 砕屑性堆積物(さいせつせいたいせきぶつ):

すでに存在していた岩石や地層に由来する岩石片や鉱物片が水や風、氷、重力などの機械的営力により運搬されて集積した堆積物。(「新版地学事典」より)

2) 電子プローブマイクロアナライザ(EPMA):

真空中で試料に電子線を照射して微小部分の化学組成分析をする装置。(「新版地学事典」より)

3) 重鉱物:

鉱物のうち比重が2.85以上のもの。(「新版地学事典」より)

参考部門・拠点: 東濃地科学センター

戻る