【研究の背景と目的】

核融合実験炉ITER(イーター)5)の次の段階である原型炉の材料は、核融合反応で生成された高エネルギーの中性子に長時間さらされることになります。そのため、この材料開発、特に構造材料としての成立性を確証するためには、核融合炉で生成される中性子照射環境を模擬するための中性子源が必要となり、IFMIFの建設が検討されています。

核融合エネルギーの早期実現を目指す日欧共同事業であるBA活動においては、このIFMIF建設に向けた工学実証・工学設計活動を2007年6月より開始、原子力機構大洗研究開発センターに実機環境を実現できる液体リチウム流動試験装置(図1)を建設、IFMIFの標的設備(液体リチウムターゲット)の実証を目標に2012年10月より本格試験を実施してきました。

図1

図1 液体リチウム流動試験装置

IFMIF/EVEDA事業で開発し、建設した世界最大リチウム流量を持つ、実機規模のリチウム試験ループ(高さ: 20 m)

【研究内容と成果】

IFMIFは、核融合炉において照射によって生じる材料特性変化の挙動を予測するために必要なデータ取得を目的として、核融合炉に匹敵する高強度で、かつ炉内環境を模擬する中性子照射場を提供する加速器駆動型の中性子源施設です。40 MeVに加速した重陽子(D+)ビームを、中性子発生効率が高いリチウムに入射させて、核融合反応と類似したエネルギー分布を持つ高エネルギーで高密度の中性子を発生させることを想定しています。

最大1万キロワットの重陽子ビームをリチウムに連続的に入射させるため、ビームによる入熱に対して標的となるリチウム形状を一定に維持することが安定な中性子源を実現する上で重要となります。しかし、固体リチウムでは除熱が難しく、入熱により溶けてしまうため、リチウムの形状を一定に維持することが不可能です。

そのため、液体リチウム流動試験装置の建設に先立ち、循環系内でリチウム流から熱を除去する構造(図2)を開発しました。IFMIFでは、重陽子ビーム照射領域の幅(200 mm)及び40 MeVの重陽子ビームが十分に停止する厚さ(25 mm)を考慮し、幅260 mm、厚さ25 mmの自由表面(リチウム流れが壁などと接触しないで流れる表面)を持つリチウム流を、15 m/秒以上の高速で厚さの変動を±1 mm以下に抑えて安定に生成する必要があります。

しかしながら、一般的に自由表面を持つ流れは不安定になりやすく、特に高速になるほど乱れが生じ、流れの形(安定性)を保つことが難しくなります。さらに、液体金属であるリチウムを、高温に保ち、かつ真空下で高速で流すという技術はこれまででは全く例を見ないもので、中性子源開発実現へ向けて実証すべき大きな課題になっていました。

図2

図2 液体リチウム流動部(重陽子(D+)ビーム照射部)の模式図(IFMIF)

湾曲した凹面形状の背面壁に沿って、リチウムを高速で安定に流すことにより、入射によるリチウムの沸騰を防ぎつつ、循環系内でリチウム流から熱を除去します。

また、高速度の液体リチウムターゲットの流れを安定にするために、流れを作り出すノズルや流路形状に工夫が必要でした。そこで大学等との共同研究の成果や高速炉開発で培われた液体金属利用の技術知見等を発展、活用し、リチウム流を安定化させるための最適なノズルや流路の形状を流体計算等を基に設計・製作(図3)しました。

図3

図3 液体リチウムの流動試験装置のターゲット部構造(左)と液体リチウムターゲットで実現された実機環境でのリチウムの流れ(右) (単位: mm)

重陽子ビームに照射される、ターゲット部を示しており、凹面壁に沿って高速で安定に流すためのノズルは2段階の絞り構造とし、それに緩やかな曲率変化を持つ凹面形状の背面壁が続きます。この流路は重陽子ビームを入射させるターゲット部において、IFMIF実機と同じく25 mmのリチウム流の厚みを実現するとともに、実機でのリチウム流の挙動、安定性を十分確証できるよう100 mmの幅としています。

【研究成果】

今回、液体リチウム流動試験装置を用いて、実機の運転環境(真空: 0.001 パスカル、温度: 250℃、速度: 15 m/秒以上)の液体リチウムターゲットを実現させるとともに、液体リチウムの自由表面を観測するためレーザープローブ法を取り入れて液体リチウムターゲットの厚さ及び変動の計測に成功しました。

その結果、重陽子ビームの入射が想定される範囲で、厚さの不均一性(厚さの最大値と最少値の差)は、0.16 mmと非常に小さく、また、表面にできる波の振幅は平均で0.26 mmであり、IFMIFでの要求値(±1 mm)を十分に満足することを実証しました。

さらに、秒速15 mの液体リチウムターゲットを昼夜連続(最長25日間)で運転し、定期的に表面等の計測をすることで、長期間の安定性を確認しました。本事業においては、本装置を用いたIFMIF実機への適用性の評価として、ひと月を超えた(1000時間(目標))運転の実績が不可欠であるとともに、高速リチウム流れもその期間、安定して流れていることを実証することが最重要課題でありました。こうして液体リチウムターゲットの運転時間は、積算で1,300時間を超えても安定性に変化はなく、長期間にわたる安定性が実現できることを世界で初めて実証しました。

【研究成果の意義及び波及効果】

この成果は、核融合原型炉の早期実現化に向けた材料開発と評価に必要となる核融合炉中性子環境を模擬した中性子源施設の建設に向け、主要な実証すべき課題であった高速リチウムターゲットの製作・運転実証及びターゲットの計測技術開発、並びにターゲットの長時間安定性維持をクリアしたものであり、核融合エネルギーの早期実現を目指すBA活動の中で得られた大きな成果であるとともに、核融合原型炉開発に必要な核融合炉材料照射施設環境を模擬する国際核融合材料照射施設の開発を大きく前進させるものです。また、このような液体リチウムを用いた中性子源は、癌治療などを目的としたホウ素中性子捕捉療法(BNCT)用の照射施設にも検討されており、本成果はそれら開発への波及効果としても期待されています。


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